296 小寺家へ
「御無沙汰しております、加賀守殿」
「昨年振りに御座るな、傳兵衛殿。息災な様で何より」
小寺家から兵を借りようと御着城へやって来ると、小寺家の重臣達を率いた当主の小寺政職に出迎えられた。
「加賀守殿も、御壮健な様で何よりに御座います」
互いに当たり障りのない挨拶を交わす。
「この様な形で再び相見える事になろうとはな」
「戦の勝敗は時の運。篠原家が退かねば、どうなった事やら」
小寺家にしてみれば、主家の赤松家が降伏を決めたんであって、自分達が負けた訳じゃないし、まだ戦えると思っている奴もいるだろうな。
「して傳兵衛殿、此度は如何なる御用向きに御座ろうか」
社交辞令も終わり、漸く本題に入る。
「小寺家の兵を御借りしたい」
「兵に御座るか…生憎当家は度重なる戦にて、他家を攻める様な兵は御座らぬ。臣従した身としては、要望に答えられぬのは心苦しいが…」
まあ、青山・土器山の戦いで官兵衛の親族や家臣達が大量に討ち死にしているし、本当に小寺家には其程余裕が無いのかもしれないけど。
だが、そんな小寺家の状況なんか考慮せずに話を進める。
「当家は、あくまで龍野の下野守を救う為に播磨へ罷り越しました。故に、赤松家とは既に和睦がなっているにも係わらず、相変わらず龍野を攻めておる浦上家を蹴散らさねばなりませぬ。そこで我等は、室津や赤穂を奪い、更には備前国へと攻め込めば、流石に与次郎も兵を退きましょう」
小寺政職を始め、居並ぶ重臣たちは、驚いた顔をしてこちらを見つめてくる。
「傳兵衛殿は龍野へは向かわれませぬのか?」
「龍野への後詰めには、摂津衆や別所家、置塩の赤松宗家が向かっております。そこに某が加わったところで、然程の足しにもなりますまい。ならば我等は、備前国へと攻め入り浦上家の本拠を脅かせば、然しもの与次郎めも兵を退かざるを得ますまい」
「それは左様に御座ろうが…」
「それに…」
居並ぶ小寺家の重臣達の中から小寺職隆を見つけると、その目をじっとり見つめながら答える。
「室津などは、元々下野守の物でも、与次郎の物でもありますまい。確か、与次郎の甥である三郎九郎殿が室津を任されていた筈。己の領地でもない所を巡って、延々と争う様な輩などに室津を任せてはおけますまい。それに確か小寺家には、三郎九郎殿の遺児が居られるとか…」
「つまり傳兵衛殿は、三郎九郎の子である久松丸殿を旗印に室津へ攻め込めと?」
俺が三郎九郎の子の事を話題に上げると、重臣の中でも一際若い男が問い返してくる。
こいつが黒田…じゃなかった、小寺官兵衛かな?
まあ、官兵衛(仮)の言う通りなんだけどね。
本来の浦上家の当主は、宗景の兄である政宗の孫に当たる久松丸の筈だ。
浦上政宗とその嫡男の清宗は赤松政秀に、後を継いだ誠宗は宗景に唆された家臣によって殺害されている。
そして、久松丸の母は小寺職隆の娘なので、久松丸は官兵衛の甥に当たる。
「誤解なきよう申せば、仮に我等が室津や赤穂、果ては備前国まで攻め取れたとて、その後に誰が治めるかは大樹や尾張守様が御決めになられる事で、某は与り知らぬ事に御座る。ひょっとすれば、残念ながらそのまま下野守や与次郎に返される事になるやもしれませぬ。ですが、小寺家や久松丸殿にも、多少の見返りは望めましょう」
いくら俺が画策した所で、決めるのは殿と義昭だから、約束なんて出来ないし。
でも、本来の浦上宗家の当主が幕府側で活躍したら、流石に無視は出来ないんじゃないかな?
後で久松丸に村の一つでも与えられたら、俺も嘘つきにならなくて済むし。
「我等も左京大夫様の命で、龍野の下野守の後詰めに向かわねばならぬ故、あまり兵を割く事は出来ぬが…官兵衛、如何する?」
少しは見返りが有るかもという俺の話に欲が出たのか、赤松政秀の手助けをするのが嫌なのかは分からないが、多少は俺の手伝いをしてくれそうな雰囲気だな。
「某の軍勢も、先の戦での被害が大きく、これ以上兵を出すのは難しく…」
「官兵衛」
官兵衛(確定)が出陣を断ろうとするが、父親の職隆がそれを止める。
官兵衛はチラッと職隆を見ると、いかにも仕方ないといった感じで、溜め息を吐く。
「承知致しました…何とか工面致しましょう」
おお!やったね!
職隆も娘の結婚相手をぶち殺した2人に対して、思うところがあるのかもな。
「うむ。では官兵衛は、傳兵衛殿に助力して備前を攻略せよ」
政職の言葉で、官兵衛の協力を得る事が決まった。
この先、官兵衛が策を立ててくれるなら、俺はもう何もしなくても良いんじゃない?




