297 万助の憂鬱【地図あり】
曽我万助視点です。
播磨国飾東郡姫山城 小寺孝隆小姓 曽我万助
「我等は織田家の森傳兵衛殿に合力し、赤松下野守、浦上与次郎より室津、赤穂を奪い、そのまま備前へと攻め込む」
御着城より戻られた官兵衛様の言葉に皆が黙り込む。
我等は置塩の赤松宗家に従い、浦上与次郎殿等と共に、龍野の赤松下野守と戦っていた。
その後、赤松宗家が降伏した為、我等も織田家に従う事となったのだが…
織田家から浦上家の討伐を命じられたというのなら話は分かるし、逆に赤松宗家の降伏を不服とし、主家や織田家に背いて龍野赤松家への攻撃を続けるという事でも分からなくはない。
しかし、浦上家と龍野赤松家の両方へ戦を仕掛けるとは、一体どのような次第でその様な事となったのであろうか?
「皆が戸惑うのも無理はない。浦上家と龍野赤松家の両方を敵に回す様な言い回しをしたが、それは違う。今、赤穂郡は浦上家が制しておる故、織田家に従い赤穂郡、備前国へ攻め入るは何の問題もない」
確かに我等は織田方に降ったのだから、浦上家は敵となるが…
「しかし、室津は下野守が治めております。室津も攻めるという話ですが、如何されるおつもりに御座いますか?」
官兵衛様の乳兄弟でもある吉田六之助殿が、室津攻めの事を問う。
某も同じ事を思っていたので丁度良い。
「亡き浦上三郎九郎殿の遺児である久松丸を旗頭に浦上宗家を復興させ、室山城を占拠する。その後、幕府に臣従して、領地安堵を求める手筈になっておる。赤松宗家、小寺家の臣従も、表向きにはその時となる」
「それはつまり、幕府に臣従する前に室津を制し、その後は織田家に合力し赤穂、備前へと攻め込み、その功を以て室津を得ると?」
「そうなるのが最善だが、京に居られる大樹の横槍が入れば、奪い取った室津を下野守へ返す事も有り得なくはない。その場合は、代わりの所領を頂けるとの確約を、織田家の島田弥右衛門殿より頂戴しておる」
成る程、始めは赤松宗家に合力し、久松丸様の御父上の仇である赤松下野守の治める室津等を攻め落とし、その後に織田家に臣従して、浦上家の家督を奪い返すべく浦上与次郎を攻めるという事か。
ならば、全くのただ働きとなる事はないか。
しかし、一番重要なのは下野守に一泡吹かせる事が出来るという事だ。
先の下野守との戦では、勝ったとは言え姫山衆にも多くの犠牲が出た。
我が家も父が亡くなり、伯父の家では伯父自身を含め多くの者が討ち死にした。
その敵であった下野守へ嫌がらせが出来、更には見返りもあるのならば、やってみるのも良いのではないか。
「周囲の者達が邪魔立てするのではありませぬか?」
元は俺と同じ小姓であった栗山善助殿が、疑問を呈する。
確かに楯岩の松山家や、下土井の岡家などが火事場泥棒に現れる事は、あり得なくもない。
「そこは織田家に任せる事となるが、奴等とて逆らえば潰されるという状況で、織田家や赤松宗家に逆らいはすまい」
「でありましょうな」
左様であろうな。
彼奴等に我等の半分も気概があれば分からぬが、その様な事はあるまい。
官兵衛様の話に、皆が頷く。
「我等は姫山より西国路を、六之助は飾万津より舟を率いて急ぎ室津を制し、織田家と合流する!急ぐぞ!」
官兵衛様の号令に皆が散っていく。
「万助、お主に話がある」
皆が戦仕度に下がると、官兵衛様は小姓として側に控えている俺に話しかけられる。
「はっ、如何なる話に御座いましょう?」
そう訊ねると官兵衛様は、少し申し訳なさそうに言葉を続けられる。
「母里家の話よ。なんとか四郎左衛門を此度の戦に参じるよう、説得出来ぬか?」
「母里家に御座いますか…」
ああ、やはり母里家の話か…
母里家は妻鹿に本拠を持つ国人で、小寺家に仕え、官兵衛様の与力として働いている。
今の当主の四郎左衛門殿は、俺の母方の従兄に当たる。
その母里四郎左衛門殿が出仕を拒否しているのだ。
官兵衛様が指揮した土器山での戦で母里家は、当主だった小兵衛殿を含め二十三人もの連枝衆が討ち死にした為に、大層怒って妻鹿に引き込もってしまっているのだ。
土器山の戦いは大変酷いもので、俺も父を亡くしている。
我が兄も戦に参加していたのだが、幸いと言って良いのか分からぬが、最も死者の出た夜討ちの前に昨年受けた足の傷が悪化し、城に残された為に討ち死にせずに済み、そのまま家を継いでいる。
母里家で土器山の戦を生き延びたのは、新たに当主となった四郎左衛門殿と、その弟の武兵衛殿の二人のみ。
「今が勝負の時。何とか母里家にも、この戦に合力してもらわねばならぬ」
「難しゅう御座いますな。母里家の男衆は尽くが討ち死にし、最早残っておるのが四郎左衛門殿と武兵衛殿の二人のみ。しかも武兵衛殿は戦の傷が癒えておらず、とても戦場に出られる状態とは思えませぬ」
武兵衛殿は土器山の戦で、かなりの傷を負った為に最後の夜討ちには参加出来ず、俺の兄と共に城へ残っていて無事だったが、もし戦に出ていたならば、あの傷だ…間違い無く討ち死にしていた事だろう。
それに官兵衛様の無茶な命令で多くの連枝衆を失い、四郎左衛門殿も武兵衛殿も…序でに我が兄も、官兵衛様に対して非常に立腹しておる。
「そこを何とかして欲しいのだ。済まぬが頼んだぞ、万助」
はぁ、どうやって三人を戦場に引きずり出したものか…




