第四章 偽りより生まれて
第四章 偽りより生まれて
大理石で作られた部屋であった。
壁も床も磨き抜かれている。
窓は無い。巨大な扉のある壁と残り三つの壁。扉の対面にあたる壁には人の身体よりも大きな絵が飾られている。
人を喰う巨人の絵であった。白髪の巨人が人を掴み、人を喰っている。すでに掴まれている人の首から上は存在しない。赤い血が身体を伝い、巨人の足下に黒い血溜まりを作っている。巨人の身体は血を浴びて黒く汚れ、人を掴んだ指と肉を咀嚼する口のまわりだけが血に濡れて赤い。巨人の身体は筋肉が盛り上がっているが、すでに老齢のようだ。肉に張りが無い。右眼は虚ろに虚空を見つめ、左眼だけが炯炯と光を放っている。喰われている者は後ろ姿だが、少年か、そうでなければ若い女性だろう。肌が白く、丸みを帯びた尻に艶がある。
有名な画家の絵かもしれないが、趣味が悪い、と女は思う。
少なくとも寝室に飾るような絵ではない。
部屋の中央に、巨大なベッドが置かれている。
天蓋付きのベッドであった。白いカーテンが天蓋から垂れ下がり、ベッドの周囲を覆っている。
一部に隙間があり、ベッドの中が見えた。
男が寝ていた。老齢である。
褐色の肌は痩せ衰えて皺が寄り、染みが浮き出ている。頭髪は無く、髭も無い。体毛が無いのは、投薬治療の副作用だった。
男は七十五歳だったが、それにしては衰弱していると言えるだろう。毛布から腕を出し、胸の上で指を組み合わせているが、その指が枯れ枝のように細い。
死期が近いのかもしれない。
男は眼を開けていた。落ち窪んだ眼窩の中で、眼だけが別の生き物のように精気を放っている。威圧的な眼であった。他人がひれ伏すことに慣れている眼だ。
「……レイエン」
男が女の名前を呼んだ。
女――レイエンはベッドに近づいた。
「ここに」
「……例のものは?」
「申し訳ありません。いまだ――」
男の眼が細くなった。叱責の言葉が出るかと思ったが、それは出なかった。
「そうか。……よい。下がれ」
眼を閉じて、男が言う。濁った呼吸音が聞こえた。
レイエンは一礼して部屋を辞した。
廊下に出ると、白いローブを着た巫女達が控えていた。同色のケープを頭から被っている。レイエンの服装も同じである。違うのは縫い取られている刺繍の色だ。レイエンのローブには金の刺繍が施され、他の巫女達には淡い緑色が使われている。
「左のサカキに会うわ。先触れを」
レイエンの言葉に巫女達が頭を下げた。




