第三章 17
「子供とは思えない精神年齢の高さを感じるね」
口許に笑みを浮かべ、伯爵は口を開いた。
「そうね。どこでどのように育ったのかと思うわ」
「それは言わない?」
「訊けば話してくれるかもしれないけどね」
グラスを傾け、中身がすでに空になっているのに気づいたらしい。
ターニャは二杯目を注いだ。
「――昔の女って言っていたわね」
細長い指でグラスを眼の高さまで持ち上げる。
グラスの向こう側で、ターニャの眼が蛇のように細くなっている。
「十年以上前の知り合いだそうだ」
「八歳以下ってことね。オーマが。でもまあたぶん『女』だったでしょうね」
「さすがに無理があると思うが」
「肉体関係はね。でもオーマの精神年齢の高さなら『女』として扱っていた可能性はあると思うわ。ほら。オーマの女の趣味って基本年上じゃない。その女がベースになっているんじゃなくて?」
「それはどうかと思うが――」
共通項が年上というだけではこじつけもいいところだが、強く反論するだけの材料を伯爵も持っているわけではない。他人の心はわからない。ドウマオーマは年上の女性に過去の女性を重ねていたかもしれないし、そうでないかもしれない。いずれにしろ――
忘れられない存在だったのは確かだろう。
少女を見て、すぐに思い出すほどに――
だが。これは――
「偶然の邂逅だろうか」
そう言いながら、自分でもそれを信じていないことに気づく。
だからこそ気になったのだ。
「少なくともオーマはそうは思わないでしょうね。リアリストなら運命の――とか、偶然の出会いなんてものは信じないわ。眼の前に昔の女を思い出させる少女が現れれば、まず間違いなく――」
「何者かの作為を疑う――か」
「ええ」
ターニャは二杯目も空にした。三杯目を注ぐ。早いペースだが、酔っている様子は無い。
「何者かがあの少女を自分の女に似せて送り込んで来た――と考えたはずよ。何も言わないけど、これってオーマの逆鱗に触れたと思うわ」
「そうだろうね」
これには伯爵も同意する。
十年以上も忘れられない存在だとしたら、すでに聖域に近い。
誰にも触れられたくはなかったはずだ。
それをこのような形で利用されたとすれば激怒しても不思議ではない。
「よくあの少女を受け入れられるものだね」
あの人形のような少女が、どの程度この作為に関わっているかわからない。
たぶん、何も知らないまま使われているのだろう。作為に関われるほど精神年齢が高い少女ではない。だが、普通なら嫌悪感を抱く。少女自身が無垢だとしても、何者かの作為の匂いが、腐臭にも似た香水のようにまとわりつき、神経を逆撫でするからだ。
「伯爵はさあ、潔癖症でしょ」
ターニャが鼻を鳴らすように笑った。
「え?」
「恋人の浮気は絶対許せないタイプじゃない?」
「普通許さないと思うが。どこから私の話になったのかな」
五歳の貌に苦笑いを浮かべる。
「オーマは許すのよね」
グラスを揺らしながら、ターニャが言う。
「女が何をしても、女の好きにさせるわ。苦笑くらいはするだろうけど。そういう男だから、受け入れてしまえるのでしょうね。少女が何者でも。何者かの操り人形でも」
「……」
「でも、少女の背後にいる何者かは別よ。許さないと思うわ。下僕になったのも、その何者かを引きずり出すためかもしれない」
「ミイラ取りが――」
と言いかけて、伯爵は舌を鳴らした。
そういう男だったな――と呟く。
オリジナルゾンビを探すためにドウマオーマがゾンビ化した戦法は記憶に新しい。無茶な戦法は契約のせいだと言っていたが、もとから自分を犠牲にすることに抵抗を感じないのかもしれない。不死身性の強い魔物は、その不死身さゆえに自己を護ろうとする意識がどうしたって薄くなる。
「だからと言って、『少女』の下僕になるという思考回路は理解できない」
「まあね。普通はならないわよね。平然と誓約しちゃうところがオーマらしいけど――」
苦笑するように眼を細め、ターニャは三杯目を空にした。
「たぶんあの子を救けようとした、とも思うわ」
四杯目を注ぐ。
飲み過ぎだ、と言うべきか迷ったが、ターニャの主食は酒だ。とは言え、ドウマオーマのようにアルコールを無毒化できるとは聞いていない。
据わったような眼を見つめながら、救ける?――と訊いた。
「もしオーマが下僕にならなかったら、あの子、どうなったかしら」
「――」
「ターゲットがオーマだとしたら、あの子は一度しか使えない餌よ。オーマが拒否すればあの子は用済みになったでしょう。処分される可能性をオーマが考えなかったはずはないわ」
「だから下僕に?」
ばかなやり方だと思うけど――四杯目が空になった。
はあ、と息を吐いて、ターニャは言った。
「女を見殺しにはできなかったでしょうね」




