第三章 15
「ターニャ・マラータ――」
声をかけると、カウンターで端末を操作していたターニャが手を止めた。
「調べてもらえるかな。シア・ラヴィアを」
伯爵の言葉に、ターニャが無言で眼を細くする。
「どこから来たのか、何者なのか――」
「いいけど。どうしてまた?」
「ドウマオーマの知り合いに似ている、というのが気になってね」
「知り合い?」
「昔知っていた女を思い出したそうだよ。だから下僕になったらしい」
「意外とロマンティックな理由ね」
ターニャが笑う。伯爵も笑った。
「私もそう言った。――意外とロマンティストだね、と」
「オーマは何て?」
「――かもな、と返してきたが。考えてみればあの男がロマンなんて求めるだろうか」
「そうね。どちらかと言えば、ロマンとは真逆のリアリストよね」
冷蔵庫からボトルを取り出しながら、ターニャは肩をすくめた。
細いグラスをカウンターに出して、ボトルの中身を注ぐ。透明な液体に細かな泡が弾け、軽やかな音をたてる。発砲系の酒のようだ。飲む?――と言うようにボトルを掲げてきたが、伯爵は首を振った。ターニャもそれ以上勧めてこない。血液以外の食糧は吸血鬼にしてみれば砂と同じだ。何の味もしない。人間の頃の味覚の記憶があるだけに、魔物化したばかりの頃はあまりの味気無さに泣きたくなったほどだ。涙は出ないが。
「あたしもね。変だと思ったわ」
グラスに口をつけながら、ターニャは両眼を細くした。
「変だ――とは?」
「どうして下僕になったのかと訊いた時に、オーマが面白そうだったからと言ったこと」
「変かな。言いそうな気がするが」
「オーマは快楽主義者じゃないわ」
ターニャは首を振った。
「どんな状況でも愉しむところがあるから表層的に誤解されるけど、愉しむこと自体を目的にはしない。だから、面白い、という理由で下僕になるはずはない。そう思ったわ。でも、あの場にはあの子もいたから追求しなかった。もしかしたら下僕になったことをあの子のせいにしたくなくて、適当な理由を口にしているのかもと思ったから――」
何であれ、女を傷つけるような真似はしないわ――くいっ、とグラスを傾ける。
「さすがによく理解しているね」
「けっこう長い付き合いだからね」
「いつからの付き合いなのかな?」
ふと思いついて訊いてみた。
「そうね。オーマが十歳? ううん、十一歳になっていた頃から、かな」
七、八年前か――と逆算する。
「まだ少年だね」
「ええ。可愛かったわよ。手足とかすらっと伸びてて。今じゃあんなにでかいけど、当時は小柄な方じゃなかったかな。でもその頃からいい男だったわ」
「知り合ったきっかけを訊いてもいいかな」
「いいわよ。そうね。あたしも今じゃすっかり大人の女だけど――」
「……」
「当時はけっこうキレた女だった。創世神来教が魔物排斥派なら、あたしは人間なんて滅んじゃえばいい派でね。無茶なことばかりやっていたわ。――ねえ。伯爵。人間だった時、伯爵は魔物を殺さなかった?」
「それは……」
「Yesね。その貌は」
「……すまない」
元は人間であった第一世代は、最初から魔物として生まれた第二世代に負い目がある。
かつて魔物を嫌悪し、迫害した過去を持つからだ。
「人間にしてみれば危険な化け物だものね。あたしだって人間として生まれていれば、魔物を怖れたと思うわ。でもね、あたしは魔物として生まれて、生まれてからずっと化け物だって罵られ、殺されそうになったことも数えきれない」
ターニャの眼の奥で暗い光が揺れた。
「だから、人間なんて大嫌い。殺してやりたい。殺してやったわ」
「――」
ターニャの爪が異様に伸びているのに伯爵は気がついた。いつから伸びていただろうか。
「人間を襲う魔物は少なくない。あたしもそのひとりだった。『白銀の妖蛇』と呼ばれたわ。何人、何十人と引き裂いてやった」
ちろり、と舌を出す。血のように赤い舌だった。異様に細い。
「当然デーモンハンターに眼をつけられた。民間のハンターだけじゃなく、政府の対デーモン部隊まであたしを狩ろうとした。何度も返り討ちにしてやったけど、追い詰められていくのもわかっていた。ハンター達をどれだけ殺しても街から出られなかったから」




