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空の底 〜天世界で狼は最強のエースに駆け上がる〜  作者: 塩屋去来
第一章:アルスター王国陥落

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 戦慄。


 ブルースがなにに戦慄したか。それはこの状況でミーティアが自分との一騎打ちを望み、ここまですべて、その為に機動を行っていたことなのだった。


「新入り2機が生き残りか。まあいいでしょう」


 管制のオペレーターはそう言った。


「これでいいのですか?」

「彼らの戦闘能力は卓越している。部隊としての任務がこなせるかどうかはさておき、それは認めねばならん」


 すでに戦闘空域を離れている隊長と副隊長もそんな話をしている。ブルースにとってはぞっとしない話だった。自分が強いと思われたら困る。困難な任務に投入されるのは――いや、軍隊に入ったからにはそれを避ける訳には行かないのだが、できれば避けたいものだった。


 戦いはそんなに好きじゃない。でも飛ぶためには戦わなければいけない。ブルースはその二律背反に悶えていた。


「さあ、やろうぜブルース」

「学校で散々やっただろうに!」

「あたしがきみをたぁっぷりと鍛えてあげようって言うのさぁ!」


 彼女は戦闘狂と揶揄するとそれを否定する。しかしブルースに比べて戦闘意欲は旺盛なようだった。これが実戦になるとどうなるか。こういった訓練の時も審査官はそれを見ているに違いない。彼らはプロだ。見定めを誤るはずがない。ことによれば本当に、ミーティアが教導隊にスカウトされるのもあり得るのだ。


「空で余計なことは考えちゃダメだよ。それは撃墜への誘惑なのさ」

「大してキャリアも違わないくせに、えらそうなことを言うな」


 すでにふたりは戦闘機動に入っていた。至近距離でのドッグファイトが続く。機体は同じなのだし、実際のところふたりの腕前は紙一重の差でしかなかった。どちらも決定機をつかめず、後方を取れない。そんな中、彼らの航跡は飛行機雲となって描かれる。


「繰り返す、訓練中の私語は厳禁!」

「そう言わないで下さいよ。あたしは喋ってると3倍強くなるんですから」

「そういう冗談が――」


 誰もがしょうもない冗談だと思っていた。そんな中、ひとりブルースだけが彼女の言葉を本気で捉えていた。彼女は地上でも空でもよく喋る。そして喋れば喋るほどに彼女の調子がよくなっているのを幾度となく経験していた。黙ったミーティアというのは、ちょっと想像できない。本当に3倍強くなるかは、分からないけれども――


 とにかく、ミーティアと相対するには焦りは禁物。どんな手を使ってくるか分からない変幻自在さが彼女にはある。そして〈クロウ〉を完全に手に入れている。まだブルースが手間取っている所で、彼女は十全に機体の性能を引き出せる。


「ふっ。さすがはこのあたしの認めたライバル。簡単には取らせてくれないね」

「ライバル? 一度も勝ったことないのに――」


 相変わらず通信してしまうふたりに、もはや管制は匙を投げていたようだった。地上に下りたらこってり絞られるのかもしれない。しかしブルースはミーティアに釣られてしまう。よくないことだ。


 ブルースは尻を取られないだけで精一杯だった。攻撃に移るタイミングはどこにも見当たらない。そして急旋回、急降下、急上昇は確かに彼の三半規管にダメージを与える。支えているのは精神力。


 ブルースは奇妙な感覚を前から知っていた――そういった極限状況にあればほど、魔力の制御は鋭敏になるのである。機体の制御も。そんな時、彼は自分の姿を後ろから見ているような錯覚がする。その時は気持ちいいが、あとになって非常に疲れるこの感覚を、ミーティアは知っているのだろうか――


 知っていると思う。多分。その感覚を共有したい気持ちはあった。いっぽうでそんな感覚を「オカシイ」と切り捨てられる怖さがあってまだ話せていない。


作戦行動時限(タイムリミット)まであと5分」


 管制が冷静にそれを告げた。延々とドッグファイトを続けている訳にもいかない。時間切れでの引き分けなら、まあ上々――ブルースの心の中にそんな気持ちが芽生えたのは否定しない。しかしミーティアのほうがそれを許さないだろう。


「さあ、付いてきな!」


 彼女は急加速した。不意のことだったのでブルースは付いて行けなかった。同じ機体だから最大速度は同じ。性能で離されることはない。つまりここで心理戦で遅れを取ったのだ。しかしそうやって距離を取る彼女の意図はどこに? 色々なことが考えられる。しかしそれ以上に、天を衝くようにして飛ぶ彼女がとても美しく、それに付いて行きたくなった。


 つまりこの時、ふたりは急上昇していたのである。ミーティアが前でブルースが後ろ。頭と心が眩むような機動であり、南天には太陽が輝いている。もちろんバイザーには日光を遮断する機能が付いている。そんな中でブルースはHUD画面を見た。急速に上がる高度。速度。しかし攻撃可能距離にはまだ遠い。ロックオンもできない。そんな絶妙な距離をミーティアは保っていた。


 釣っているな、というのがブルースにも感じ取れた。もうすこし接近すればロックオンできる。そういう風に誘っている。女性の尻は魅力的――ああ、いやいや。それは少々今の状況にそぐわない思いだ。でも彼女は――


 彼女はそこで速度を緩める。距離が詰まる。誘導システムは彼女をロックした。マーカーが赤く染まる。機体もはっきり目視できるほどに近付いている。


 しかし――そのすべてが罠だったのだ。


「見せたげる、ミーティースペシャル!」


 彼女は再加速し、機体をあり得ないほどに展開させ、ロールした。それは降下と同時に重力を利用したバレルロールだった。そんなことをすればレッドアウトしかねない。人間の能力、その極限に挑んだ、はっきり言えば無茶な機動だった。しかしそれゆえ――決定的だった。


 彼女は至近距離でブルースの後ろを取る。ブルースはレッドアラートすら感じないまま、彼女のシグナル弾を尻に受けた。


「――〈ランスロ―8〉、撃墜……」


 撃墜判定を受けてもブルースは全然悔しくなかった。悔しいと思う余地すらなかった、というほうが正しい。それほどまでに、ミーティアの機動(マニューバ)は芸術的かつ戦闘的だった。それにどうやって抗うことができよう?


 彼女は1機残り、そしてこの訓練の意味もあやふやにしてしまったのだった。



      ◇



 デブリーフィングではブルースとミーティア以外の全員が茫然としていた。モニターには各機体の航跡が示されている。本来ならばここで振り返りが行われるはずなのだった。しかし隊の皆はミーティアの出鱈目でありながらじつは計算され尽くした機動に呆れていたのだった。そう、呆れていた。称賛すら置いていってしまった。


「なんというか、まあ……きみは天才だな」

「えへへ、光栄でありますサー」


 ミーティアはそんな魔人の如き機動を見せたパイロットとは思えないほどに乙女の顔を見せていた。


「しかし〈ランスロ―4〉と〈ランスロ―8〉の機動も見事です」

「教本通りだ。いや、それ以上だな。素晴らしい」

「恐縮です」


 しかし、ブルースはそれを褒め言葉には取れなかった。いや、ランカスター大尉の言葉は褒め言葉なのだろう。しかしその「教本通り」の彼らを打ち破ったのは、まさにミーティアの型破りな機動ゆえだったからだ。


 特に、最後に彼を捉えた彼女の機動が記録に残っている。人間業ではない。


「しかしコリンズ少尉。あんな飛び方は無茶だ。やるなとは言わんが、滅多なところでは使うなよ」

「了解しました、隊長殿。しかしあれはケイン少尉相手だからこそ使ったんですよ」

「……まったく、とんでもない新人共が入ってきたものだ。頼もしい限りであるが」


 デブリーフィングが終わったあと、ミーティアはとっとと先に行き、特にブルースと話したい感じではなかったようだ。それは有難かった。その代わりに話し掛けてきたのが〈ランスロ―4〉、長身の優男、リーアム・オリアムだった。


「賭けの結果はどうするべきかね、ブルース」

「ふたりして負けたんだからノーカンでしょう」

「じゃあミーティーに奢るべきか?」


 リーアムはからりと笑った。気分は安定しているようだし、空戦を行った消耗もあまり持ち目られない。もっとも消耗していないのはブルースも同じだった。


「なあ、ブルース。あんまり凹むなよ。ありゃ仕方がねえ」

「別に凹んでいませんけれど、どういう意味でしょうか、中尉殿」

「あれは天才の飛び方だ。真似しようとしちゃいかん」


 言葉にこそ出さなかったが、ブルースは今さらそんなことを――と思った。


 ミーティア・コリンズが天才であるのは誰よりも自分が知っているのだ。

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