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空の底 〜天世界で狼は最強のエースに駆け上がる〜  作者: 塩屋去来
第一章:アルスター王国陥落

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 音速を超えて飛行しているはずなのに、それをあまり感じさせないところに空の広さを感じる。ブルースは空に上がる時、いつもそのことを実感する。子供の頃、純朴に空に憧れていた時はそんな事実など知らなかった。もっと速い感じがあるものだと思っていた。


「切り替えろ、〈ランスロ―8〉、相手を墜として酔っている場合じゃない」


 戦闘機部隊は対地攻撃任務に駆られることもあるが、基本的には制空が主な任務である。そしてそこで相対するのは敵の戦闘機しかない――やや時代錯誤的に、この空戦の在り様、戦闘機パイロットの在り様を「現代に残った騎士道」と評するものもいる。ブルースはその意見に与しない。自分が騎士だとは思わない。


 しかし、今「敵機」になっている〈ランスロ―7〉、ミーティアは旧貴族、騎士の家の生まれである。彼女にはそんな感覚があるのかもしれない。訊いたことはない。だとしても、女性の彼女が騎士になれるのはこの現代ゆえではある。


「〈ランスロ―6〉! 取り付かれているぞ!」


 すでに戦術的な「(よく)」は存在していなかった。自由な戦闘が発生している。その中で〈ランスロ―7〉は生き生きとしていて、その機動は鋭い。機体を十全に使いこなしている。ARC-17は取り扱いやすい設計をされていた機体だが、彼女はそれ以上のものを引き出しているように見られた。


 しかし見惚れ続けている訳にもいかない。


「〈ランスロ―8〉、6を支援しろ!」


 ぼくが? と思わないでもない。しかしミーティアと相対するのは自分が一番適当なのだろうという、副隊長の判断は間違いではないとも思える。


 そこで、ブルースは〈ランスロ―6〉の尻に取り付いているミーティアに向けて、思いっきり加速して接近し、シグナル弾を発射した。もちろんそれは当たるはずもない。それでも彼女は回避機動を取らざるを得ない。


「へんだ、へっぴり腰だねブルース!」

「なにおう!」


 しかしここから異常な光景が繰り広げられる。〈ランスロ―7〉は回避機動を取りながら、それでもなお標的を「視」つづけ、無気味なほどの機敏なロールとピッチをこなし、〈ランスロ―6〉を捉え続けていた。


「〈ランスロ―7〉、発射!」


 至近距離で放たれた偽装弾は6の主翼をすこしだけ逸らし、コックピットに弾着(ヒット)した。撃墜判定。しかしミーティアはそれに飽き足らず、猛然とこちらに襲い掛かってくる。


「ミーティーがいるといつもこうだ」


 この模擬戦だけではない。空軍士官学校時代から、模擬戦となると彼女は自由奔放に飛び、戦いをいつも乱戦にしてしまった。それだけ彼女の機動が鋭かったのだ。それに付いて行けるのはお前だけ――と言われたこともあったが、ブルースはまるでそんな気はしていなかった。


「なんか言った、ブルース」


 通信がまだ繋がっていたらしい。ミーティアは苛烈な戦闘機動を見せる中でも飄々とそう言ってきた。ただし、戦闘機動内という意味ではブルースも同じだった。


「きみは敵機だ、〈ランスロ―7〉。これ以上の会話は必要ない」

「真面目だねぇ」


 ミーティアは天を衝くように飛び続ける。ブルースは追わなかった。自分が「敵機」にマークされているのが分かっていたからだ。「〈ランスロ―8〉、6時方向注意(チェックシックス)!」という〈ランスロ―4〉の警告が響いている。そしてコックピットの中では標的にされているアラートも鳴っている。索敵魔導展開が撃ち込まれているのだ。しかし実際に「弾」を撃ち込まれるまでは負けではない。


「逆をやるぞ、ボーイ。お前がそいつを引き付けろ」


〈ランスロ―4〉の通信があった。つまり回避機動を続けろということだった。ブルースにとってはむしろ好都合だった。自由ではないかもしれないが――この時、彼は空を感じていた。


「ボーイって言うのはやめて欲しいな!」


 彼は冷静と興奮の半ばにいた。それは言うなれば火鉢の中に放り込まれた氷だった。蒸発したとき――彼の真価は発揮される。


 空に彼らの軌跡が描かれた。ブルースは不自由なところで、それでも自由だった。仮初めの自由だったとしても、彼は思うがままに空を飛んでいた。


「いいぞ、そのままだ――ファイア!」


 そして側面に取り付いていた〈ランスロ―4〉が〈ランスロ―3〉をヒットした。戦闘空域離脱。


「今日は早く終わりそうだな」


 どちらが勝つか、とは言わないまま〈ランスロ―4〉、リーアムはブルースに通信した。実際、撃墜判定はかなり早く出ている。それが〈7〉と〈8〉がいるせいだと、ほかの隊員は認識していた。そう思っていなかったのはブルース自身だけだった。


「勝ったらホットウィスキーをお前に奢るぜ」

「負けたら」

「お前が奢れ」

「じゃあ負ける訳にはいきませんね」

「とにかく〈ランスロ―7〉だ。奴を墜とさにゃどうしようもない」


 ミーティアの実力は誰もが認めていた。認めざるを得なかった。彼女は――雲に隠れているようなフリをして、突如姿を現わし。ヘッド・トゥ・ヘッドで〈ランスロ―2〉にいきなり偽装弾を放った。


「なんだと!」

「へへっ。裏ワザさっ」


 そのあっけらかんなほどの鮮やかさに、管制も混乱しているようだった。


「あ、ええ――〈ランスロ―2〉、撃墜!」

「タイチョー、降りたらケーキ奢ってね!」


 ミーティアはあからさまに調子に乗っていた。それを不満に思っていたのがリーアムだった。


「おいブルース、あいつをこのままにしておくべきか」

「分かりません。しかし〈ランスロ―4〉、この状況ではあなたが指揮を引き継がねばいけません」

「そりゃ分かってるが。それは要するにあいつをどうやって墜とすかって話だ」


HUD画面には自分と4の魔導(レーダー)照射が彼女に打たれている。彼女は後ろを向いていた。しかしまったく動じた様子もない。堂々とした機動を見せ、ふたりを攪乱する。とても速く、鋭く、そして変幻自在。


「撃て、〈ランスロ―8〉!」

「発射、発射!」


 2発の誘導弾を放つ。誘導システムの支援もあるが、ブルースの誘導能力はかなりのものがあると判定されている。機体を裏切らず、その弾は速く鋭くミーティアの機を追尾した。しかし彼女は曲芸飛行のように機体を反転させ、270度の角度で降下していく。恐るべきGが掛かっていたはずだ。しかし彼女は平然としているよう。


「まるで空に生きる為に生まれて来たような子だ」


 ブルースは自分の攻撃が回避されても落ち込まなかった。むしろミーティアを称賛していた。しかし――そう思うのは自分にさほど戦闘意欲がないからなのかもしれないとも思っていた。それを恥じる気はない。


「いいぞ、そのまま7を追い続けろ」


〈ランスロ―4〉の通信。攻撃を続けている内はミーティアを拘束し続けられる。リーアムの意図はほかのところにあったようだ。彼はこの戦いには支援に入らず、隊長機に狙いを定めた。急加速、急旋回。コックピットレーダー上でも4の鋭敏な動きが見える。手慣れたものだ。そして彼には妙に隊長への対抗意識があった。


 パイロットとしての腕はリーアムに分がある。彼は〈ランスロ―1〉に獰猛に取り付き、後部を追い続けた。その軌跡はレーダーでしか見えない。目視する余裕はブルースにはなかった。ミーティアが反撃に転じるのを封じるのに手一杯だった。


「〈ランスロ―4〉、発射!」


 見事な手際だった――〈ランスロ―4〉は〈赤〉部隊長機、〈ランスロ―1〉を捉えた。ヒット。撃墜判定。「なんということだ」というアダムの呟きを通信で拾う。しかし彼は素直に敗北を認め、離脱した。


「ヒャッホウ!」


 しかしここからが恐ろしいことになる。なにが恐ろしいのかと言うと、〈ランスロ―7〉である。彼女は回避機動を取りつつも、同時に〈ランスロ―4〉に接近していた。ただ逃げ回っていただけではないのだ。それに気付いたブルースは思わず叫んでいた。


「〈ランスロ―4〉、回避行動を取って下さい!」

「なんだと」


 しかしすべては手遅れだった。ブルースがミーティアを追い、ミーティアがリーアムを追うという奇妙な形になっていて。リーアムがそれに気付いて高速戦闘機動に入る前に、ミーティアはその翼を捉えていた。


「墜ちていきな!」


 ミーティアの誘導弾はブルースに劣らないくらい鋭かった。弾は闘犬の如くリーアムの翼に噛み付いた。


「ちきしょう、マジか!」


 そして――


「ふっ。これできみとの一騎打ちだね、ブルース」


 まるで最初からそれを望み、それを自分で演出したかのように彼女は言った。

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