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空の底 〜天世界で狼は最強のエースに駆け上がる〜  作者: 塩屋去来
第一章:アルスター王国陥落

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 高高度、本来人間が生きていけない空で生存できるのは、冷気を遮断するパイロットスーツと酸素ボンベにつながったヘルメットがあるからだった。それでも気持ちが寒くなるのは変わらない。ブルースは初めて練習機に乗った時、あれだけ無邪気に憧れていた空が、じつはとても無慈悲で寒い世界なのだと初めて知った。


 だとしても、彼の空に対する熱情は変わらなかった。むしろ現実を知ったことでそれは加速した。


 イースタベリ空軍基地の滑走路から離れ、地面は小さくなっていき、かなりの高度に上がっているのが分かる。計器を注視していなくても安定して飛行できる高度に上がると、ブルースはいつものように首を振って東側を見た。沿岸にある基地、あの時いた神殿。そしてその先にある、白い雲の隙間に群青色が見える「空の底」。非現実的な光景が見えていて、しかしそれは彼にとっての現実でもあった。


「〈ランスロ―2〉より8、編隊飛行を維持しろ」

「〈ランスロ―8〉、了解」


 じつのところ、ブルースはこの編隊飛行というのが一番苦手だった。こなせない訳ではない。しかし決まった飛行に縛られるのがあまり好きではなかった。しかし隊形を集中していればこそ、自由戦闘になった時の展開にも意味が出てくる。隊としての戦いにだ。


「集中と展開、か……」


 ブルースはそれでほかのことを連想した。魔法とともに生きて来た世界(ムンディアル・シエロ)の住人としては常識以前の話だ。


 魔法(ソーサリー)、と最初に呼称したのは誰かは知らない。それとは関係なく人間は能力の差こそあれ、その力を行使できる。火を点ける。風を吹かせる。光を発する。ほかにも色々。現代の文明は昔から紡がれたその人間の能力と物質(マテリアル)が結び付いたもので、それでこんな高高度を超音速で飛行する戦闘機も存在している。


 その中で、集中と展開は重要な魔法制御法の対であった。集中とは魔力を一点に志向することであり、展開とは逆に拡散させることである。


 現代の軍事においては、前者は攻撃兵器の運用に使われ、後者は通信索敵などに運用される。そして、一般的に集中は男性が得意とされ、展開は女性が得意とされた。そういう事情を鑑みて通常は性別にあった配属をされる。男性は戦闘機、女性は管制機、といった具合にだ。


 しかし何事にも例外はある。そして()()()()()()()()、途方もないものなのである。


 ブルースは離陸前にやった、ミーティアの木の葉燃やしを忘れていない。あんな芸当は、普通の女性にはほぼ不可能なのだ。しかし彼女は平然とそれを見せた。それはつまり、彼女は集中にも才能があり、そして展開の面でも不足はない。


 なんという才能なのだろうか。


「落ち着いているか、〈ランスロ―8〉」

「〈ランスロ―8〉より2、問題はありません。すこし考え事をしていただけです」

「お前は素直だな。それが命取りにならなければいいが」


〈赤〉部隊はこちらよりもかなりの速度を出していて、距離を取っている。まだ管制からのリンクはなく、HUDにターゲットマーカ―は表示されておらず、それは豆粒にしか見えないほどに遠ざかっていた。逆にブルースの所属する〈青〉部隊は速度を落としていた。〈状況〉を成立させるためだ。


「その、奇数と偶数で組分けするとかって、安直じゃなかったんですかね」


 奇妙に落ち着いた心持ちで、ブルースは副隊長に通信した。


「なんだ?〈ランスロ―7〉と同じ組のほうがよかったのか?」


 副隊長――〈ランスロ―2〉の声には多分に揶揄の色が含まれていた。


「ええ、まあ。すくなくとも彼女には墜とされずに済みますから」

「やる前から墜とされることを考える戦闘機乗りがいるか、馬鹿者」


 副隊長はことさらお喋りでもないが、無口でもなく、そして単座の飛行機に乗っているパイロットというのは寂しいものなので、会話があれば会話をしてしまう。しかしそれは軍人に求められる美徳とは真逆のものであった。


 ブルースは、陸軍兵士が羨望と侮蔑、そしてもしかしたらばひとかけらくらいの敬意を込めて戦闘機乗りを「ギャング」と呼んでいるのを知っていた。


 それをたしなめる通信が届いた。それは管制塔からのものだった。


「まもなく状況を開始します。訓練以上の意味がない私語は厳禁します」


 それは女性の声だった。


 決して守られないんだろうな、特にミーティアは――などとブルースは考えていた。結局のところ、管制(コントロール)は空への指示は出来ても、行動の強制はできないのである。それはいっぽうで、空戦は各パイロットの自由裁量権がかなり大きいことも意味している。まして個人の、魔力を含めた才覚と、操縦技量が求められる空戦においては。


「コントロール、状況を説明してくれ」


 もちろんその〈状況〉に関してはすでに隊全員が把握しているのだが、改めての確認ということで、「敵機」、〈ランスロ―1〉が管制に求めた。


 今回の〈状況〉は至極単純なものだった。〈赤〉部隊は深度侵入してきた空賊戦闘機の役、そして〈青〉部隊はそれにたいする防空迎撃任務を下されたもの――つまり純粋な空戦の訓練である。混じりっけなしの。


「下の整備士じゃあ、お前とミーティーの、どっちがどっちを墜とすか賭けをしてるぜ。俺は聞いたんだ」

「〈ランスロ―4〉、あまり聞きたくない話です」


 ブルースは言った。しかし彼は止まらなさそうだった。


「1対3でお前のほうが分が悪い。さ、穴馬に賭けた奴らに儲けさせてやれ」


 どう答えるかどうか迷った――その末、すでに訓練は開始されているのを考え、


命令了解(ウィルコ)


 と簡潔に答えた。返答は口笛だった。完遂できるかどうかはじつに怪しかった。


 状況開始。とともに管制とデータリンクが行われ、「敵機」となった〈赤〉部隊にマーカーが示される。つまり攻撃可能ということだ。もっとも実弾攻撃はもちろんのこと行わない。打ち出すのは破壊能力のない、ただしヒットマークをシステムに認識させられる偽装弾だった。しかしその制御も使用者の力量に任される。


「始めるぞ。〈ランスロ―2〉より各機、距離8000まで隊形を維持して飛行せよ」


 ブルースはこの時編隊左翼に位置していた。向こうも同じような編隊を組んでいて、ミーティアはそちらの左翼にある。つまり対角線上に位置していた。彼女はどうしているだろうか。お喋りな彼女のことだから、隊長をうんざりさせているかもしれない。


 魔法弾を補助する誘導システムは年々進化していて、射程距離は伸びている。しかし今回の模擬戦は格闘戦を眼目としていた。近距離戦闘。


〈赤〉部隊の全機がロールしてこちらに向いた。正面衝突を想定した戦闘だった。


「〈ランスロ―1〉より全機。状況を開始する」


 そんな「敵機」の通信を拾った。ここからは剥き出しの空戦である。実際に墜とす訳ではないにせよ、リアリティを持って挑まねばならない。


 向こうは接敵距離に触れる直前に大きく左右に展開した。恐るべきスピードと展開力だった。ブルースはずっとその左翼、〈ランスロ―7〉、ミーティアを見ている。まだ肉眼ではっきり確認出来る程の距離ではなかった。しかしマーカーは彼女を示していた。


「奴らに遅れを取るな! 全機散開(ブレイク)!」


 扇が開くように、双方の部隊が展開する。その左端にブルースは飛んでいて、急激なロールとともに強烈なGを感じる。体内にある血液がすべて抜かれそうな感覚――しかし彼はそれに快感を覚えている。「飛んでいる」実感が得られるからだ。そこには死の香りは確かにあった。だがそれでも。


 彼はひどく冷静な心のまま、一番近くの「敵機」、〈ランスロ―5〉を視認している。距離6000。短空対空誘導弾を放つにはまだ遠い。まだ。近付いていく。速度は落としていない。結局のところ、空戦は高く速く飛んだものが勝つ。


 とはいっても向こうも同じ主力戦闘機ARC-17に乗っている。劇的な機動の差は見込めない。とすれば、「敵機」を墜とすにはもうすこい()()()()()手管が必要になる。そして今は1対1の戦いではなく隊を分けた模擬戦である。


 それを分かっていたのは彼の右に飛んでいた〈ランスロ―4〉だった。彼は5にあえて釣られるような機動を見せていた。隙を見せたような機動――ブルースはその意図を見逃さなかった。僚機を狙う素振りを見せた5に対して急旋回し、さらに加速。後ろを取る。距離2000。射程範囲内。


「〈ランスロ―8〉、発射!」


 もちろん撃たれるの火力をもった実弾ではなく、シグナルを撃ち込む偽装弾である。しかしそれは攻撃力のなさ以外は通常弾と機動に違いはない。


 撃たれた〈ランスロ―5〉は回避機動に入る。エリート部隊に選ばれたパイロットらしく、その回避は的確だった。しかしそれがブルースの狙うところでもあった。その回避機動に張り付き、さらに距離を詰め、確勝の位置にまで取り付く。そして第1波が消え、少しだけ「敵機」の気が抜けた所に2撃目を発射した。


 それは精確に〈ランスロ―5〉の尾翼に着弾した。ヒット。それと同時に、管制から撃墜判のサインが送られ、5へのターゲットマーカ―が消失した。


「まさか、新入りにやられたか!」


 撃墜判定を受け入れた〈ランスロ―5〉は戦闘空域から離脱していく。この模擬戦最初の撃墜判定だったが、それはブルースひとりで成し遂げたものではなかった。〈ランスロ―4〉はまたもや口笛を吹いた。


「やるねぇ! 見事な機動(マニューバ)だ! その勢いで恋人までやっちまえ、ブルース」

「ミーティーは恋人じゃありません、〈ランスロ―4〉……リーアムさん」

「俺は彼女がお前の恋人だなんて一言も言っていないが?」


 完全に一本取られてしまった。しかし怒ったのは彼ではなく管制だった。


「私語は厳禁だと言ったはずですが!」

「そう固くなるなよ。このあと夜には一杯奢ってやるから、これ位は大目に見ろ」

「それが無駄話です! 任務に集中せよ、〈ランスロ―4〉!」

「へいへい」


 緊張感のない空気にブルースはすこしだけ戸惑っていた――しかし無駄に深刻になるよりかはいいのかもしれない。


 そして模擬戦はまだ続いていて、ここから本格化するのだ。

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