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駐機場ではすでに8名分の戦闘機が、イースタベリ航空基地が誇る洗練の整備士たちによってスタンバイされている。しかしそれは、そこに戦闘機乗りが搭乗して初めて命が吹き込まれる。
比喩ではない。戦闘機の――航空機に限らずありとあらゆる機器がそうだが――動力の核、そして兵装の核はすべて搭乗者の魔力が注ぎ込まれて動き出す。そしてその魔力量は個人の才覚に左右される。
と、いうことをブルースはやや苦々しく認めた。彼が意に反して前線の戦闘機部隊に配属されているのは、まさにその魔力量の才覚を認められたからなのだ。空軍将校が必ず通らなけらばいけないの検査機関において、彼は王国の主力戦闘機に搭乗したとして、無補給での4800キロメートルの連続航続距離、130回の通常誘導弾の発射が可能と測定された。
これは平均パイロットの5倍に値するもの。つまり破格であった。しかもまだ22歳の若者だからさらに伸びることも予想された。
しかも彼は空軍士官学校では優等生だった。その類稀なる資質を軍がどうして無視できようか? アルスター王国のみならず、有能な戦闘機パイロットはどの軍でも躍起になって探している。そういう訳で彼は王国防空の最前線に配属されてしまったのだった。
そんな状況で「いやぼく、単に空が飛びたいだけなんで」などと言えるはずもない。ブルースはここにきて、軍に入るということがどういう意味を持つのかをイヤというほど痛感していた。
「平和を守る翼、か。本当にそうなのかな」
「『平和』ってのがどういう状態を指すのか、って話? ふぅん。ブルースって意外とちゃんと物事考えているんだね」
ブルースとほぼ同等の魔力スコアを叩き出し、それを誇るでも悲しむでもなく、ただ戦士としての運命を受け入れているようなミーティア。
ミーティア・コリンズはブルースにとってはまったく未知の存在の女性だった。故郷ではまるで見たことのない破格の、自己主張は強くありつつも同時に洗練された、ブルースの語彙でいうなら「レディ」だったのである。いっぽうで親しみやすさもあり――つまり彼は彼女を興味深く見ている。これは控えめな表現である。
「軍隊なんて存在しない世界こそが平和……ま、そうかもしれんね。しかし現実はそうじゃない。そういうことは、あたしたちも軍に志願した以上は飲み込まなきゃいかんことじゃないかね? うん? どうだいブルース少年」
「少年って……1歳年上なだけでぼくを子供扱いするなよ」
「はっはっは。人の1年は大きなものよ。その時間でどれだけ成長できるのか。それとも成長しないのか。そこはとても大事なところだよ」
「それは歳の差で上下を決められる理屈じゃないだろ」
「じゃあきみはあたしより大人だって証拠を出せるの」
「そう言われれば、まあ……ないんだけどさ」
ブルースは言い争いでも空でもミーティアには勝ったことがなかった。それでも彼女はブルースを軽くは見なかった。対等な友人――あるいはライバルとして認められていたようなのだった。その辺りの機微を彼には理解できない。
ふと、緑の木の葉が舞い降りた。空戦にはやや不向きな、風の強い日だった、その木の葉はミーティアの目の前まで飛んで、そして彼女はにやっとしてその葉に指差し、魔力をすこしだけ集中して微細な光熱を生み出して、じゅっとそれを焼いてしまった。葉っぱは黒い消し炭になってしまった。
簡単に見えて、この極小規模な魔力集中は難しい。何気ない行動で、彼女はその魔法の制御力を示した。
「ほら、きみもやってごらんよ」
「これくらい」
ブルースは同じようにした。ミーティアはにっこりする。
「遊んでいるな! 隊に分かれろ!」
隊長の罵声が飛んだ。
「じゃあね。次はあの空で逢いましょう」
「敵同士だけどね」
「訓練の時だけさ。きみはずっとあたしの仲間だよ」
ミーティアは怒鳴られた不満も見せず、軽快な足取りで向こうに行く。中隊をふたつに分け、前に駐機しているのがが彼女と隊長の所属する「赤」部隊であり、後方がブルースが属して副隊長が指揮する「青」部隊である。
空軍に所属してから吐くほどの訓練はやってきた。本格的な模擬戦はブルースとミーティアが045中隊に入って初めてのことだった。
ブルースは自分もミーティアも、好奇の目線を含めた期待をされているのを気付いていた。かといって気負ってもいなかった。士官学校以来、練習機ではなく本当の戦闘機に乗り、戦闘機動を試せる機会がきたのに、密かにワクワクしていた。
それでもミーティアには勝てないんだろうけど。
「そら、抜群に整備してやったぜ。この子の性能を存分に引き出してやってくれ」
「ありがとうございます」
階級は同じだったが、ブルースはその整備士に敬礼した。一回りは年上の整備士だったからだ。彼らのようなひとこそが、本当に平和を守っているのだという気持ちがブルースにはあったのである。
とはいっても、別にブルース特製に製造された戦闘機という訳でもない。
ARC-17〈クロウ〉――アルスター王国空軍の主力戦闘機。
「ARC」とはアルスター・ロイヤル・クラウズの頭文字であり、その名が示す通り国営の航空機会社を指す。国力では劣るが技術力では大国にも負けないという矜持を示す通り、性能は十分である。それを実際に発揮する場面は――幸いにも、と言うべきか――まだなかったが。すくなくともカタログスペックでは他国の戦闘機とも劣っていない。ただ、やはり最終的にはその戦闘力はパイロットの能力に左右される。
垂直尾翼とデルタ翼を備えた双発の戦闘機。大型化が進む昨今の戦闘機開発状況においてはやや小柄だが、それは性能の不足を意味するところではない。
ともあれ、これがアルスター王国の平和を守る翼だった。
「震えているのか」
「ええ、すこし」
整備士の指摘を、ブルースは素直に認めた。空に上がるのは歓びだけれども、いっぽうでは恐怖もある。それは空に対する畏怖であり、ブルースはそれを消し去ることは出来ないし、またしてはいけないとも思っている。
「でも、大丈夫です」
ブルースは自機に搭乗し、もはや空に上がるしかないという状況を作った。機器のチェック、操作確認を行う。オールグリーン。
先に発進準備を終えていた「赤」部隊はすでに空に上がっていた。その尻を追うようにして「青」部隊も発進を開始する。
ブルースは操縦桿に意識を集中し、魔力を込める。そうすると、戦闘機は「生きた翼」へと、本当の姿を顕わす。熱が帯び、エンジンが揺れ動き出す。それと同時に緑のHUD画面が眼前に展開し、航空データを表示し始めた。それ以外の計器も問題なく動いていて、それらはまだこの機体が地上にいることを知らせ続けている。
「そうだ……今からぼくは空に上がるんだ」
これが最初のフライトでもあるまいに、と彼は自嘲した。しかしダメなのだ。どこまで行っても空は憧れの場所であり――それゆえに恐ろしい。
「〈ランスロ―8〉、発進を許可する」
「〈ランスロ―8〉了解。発進します」
彼の乗った〈クロウ〉が滑走路に出る。ブルースは空をすこしだけ見上げ、それから発進準備のために機器に集中する。次第にエンジンの音が大きくなっていく。そしてスロットルを上げると機は進み始め、離陸する為の十分な速度を得ると、操縦桿を引いて機首を上げた。その瞬間彼は重力から解放された。いや、重力は空を飛んでいてもなお存在するのだが、彼にとってはそういった感覚だった。
ブルース・ケインが空を終の棲家とするには、まだ幾らかの時間を必要とする。




