041:Sunday Silence
ブルースは戦闘で心躍るような男ではなかった。かといって哀しむというものでもなかった。言うなれば彼は空戦という事象において冷徹であった。どこまでも
だが周りはそうは思っていないようだった。猛烈に戦闘を求め、敵機を墜としにいく餓狼――そのイメージはいつの間にか彼に定着していた。そう思われても仕方ないとは思う――事実、彼は空では積極的に敵機撃墜を求めたのである。
そしてこの傭兵時代においてもかなりの数を墜とした。
彼はその矛盾に付いて気付いていた。そして主観と客観、どちらが正しいのか常に考えていた。そして答えなど出るはずがなかった。
連邦の襲撃はしばらく起こっていなかった。そんな時に彼ら〈ビースト隊〉がやれることなどほとんどない。正規軍人並みの待遇は得られていたが、かといって休暇を貰ったところでアル・スール航空基地は僻地にあり、遊びに行けるような所もない。
そういう訳で、〈ビースト隊〉の面々は大体において隊舎でカードゲームをしながら暇を潰していた。しかしそこにブルースは参加していない。彼はひとりでいることを望んだ。
「お前、そこにエースを隠すか?」
「エースを切るのはとっておきの時。常道でしょう?」
「そりゃそうだがな……」
そんな隊員の様子をちらちら見つつも、ブルースは窓際の椅子に座って推理小説を読んでいた。そんなに楽しんではいない。物語を追うというよりはただ単に文字列に目を通しているという感じ。
読書はミーティアに勧められて始めたものだった。しかし彼女が失われたと同時、文章も色褪せていったような気がする。もちろん、作家のせいではなく、それはブルース自身の感性の問題だったのだが。
「くわぁ!」
ゲラルドが雌鶏のような叫び声を上げた。
カードゲームは(ブルースはそれがどんなゲームなのかを知らなかった)はいつものようにクリストフの圧勝に終わったようだった。彼はべらぼうにカードゲームに強いらしい。だがここに至って彼もいささか退屈気味になっていたようである。
「なんで隊長は参加してくれないんです?」
「興味がない」
「そんなこと言ってぇ……ホントは負けるのが怖いんじゃないんですかぁ?」
珍しくにたにたとしてクリストフは言った。そんな顔をしていても嫌味は感じないのだから美男子は得だな、などとブルースは思っていた
「俺はルールも知らないし」
「教えてあげますよ。今なら初心者ログインボーナスも付いてきますよ。やりませんか」
「やらない」
これを線を引こうとする行為に思われなければ――いや、実際ブルースは線を飛行としているのだ。〈ビースト隊〉の面々は個性の差こそあれ、悪い者はいない。気持ちがいいと言ってもいい。だがそれでも。だが、だからこそ?
「クリス、隊長は責任を感じているからそうしているのよ」
アリスがそんなことを言った。ブルースにはそういった意識はなかったが。そう思われているのなら都合はいいし、あえて否定する必要もないし、実際そう思われているのならそう振る舞わねばならないとも思った。
「あーあ、しかしこんな生活がいつまで続くもんかね?」
ゲラルドはカードをばら撒いて、ソファにだらぁんと横になった。クリストフもアリスもその様子に苦笑している。真顔なのはブルースだけだった。
「空賊に匿われなきゃいけないくらいになったら、もう人生の自由なんか求めちゃいけないわ」
「しかし傭兵ってのがなぁ」
「ゲラルド、貴方は略奪行為のほうがいいって言うんですか?」
「ここにいるよりは生存確率は高いからな」
休暇はあるかもしれないが、緊急の事態にはすぐに駆り出されらなければならないのも彼らである。まあ、そこは正規軍人とさして変わるものでもないが。だからこそ彼らは外に出ることもなかったのかもしれない。
そしてこの時もそうだった。
「〈ビースト隊〉に出撃要請! 至急ブリーフィングルームに集合せよ!」
「とことん俺たちを使い潰すつもりか。ここの奴らは」
「それは覚悟の上だろう、〈ライオン〉」
「地上でその名前で呼ぶんじゃねえよ」
とまれ、ブルース以下〈ビースト隊〉はフライトジャケットを羽織ってブリーフィングルームに向かう。隊舎からそこへ向かう道も慣れたものであり、慣れたものであるのが皮肉でもある。
「で、今回はどんな緊急事態で?」
着いてすぐ、ゲラルドが基地司令に対してそんなことを言った。ブルースはなにも言わなかった。そんなことを言える彼が中々貴重であるとは思っていた。
そんな不遜な傭兵たちのことを、特に基地司令は不快にも思っていないようだった。お互い利用し合う存在でしかない――そういった距離感が生んだ冷めた関係だった。だがそれゆえに「仕事」はスムーズにいくのである。
状況はこのようなものだった――
これまでボリス連邦軍はアル・スール航空基地を落とすことで航空優勢を確保し、そののちに上陸攻勢を掛けるつもりだった。だがこちらが思った以上に頑強だったため(基地司令はその中に〈ビースト隊〉を含め、褒めそやした――もちろんブルースは言葉通りには受け取らなかった)、強硬的な、物量による上陸作戦に切り替えたというのである。
「こちらではすでにボリス連邦の艦隊が発進したとの情報を把握している。諸君らの任務はこれの迎撃、掃討である。むろん、当基地以外の戦力もここに投入される」
「つまり、稼ぎ時だという訳か。ところでこちらの報酬上げ要請は通っているんだろうな?」
ブルースは柄にもないな、と思いながら傭兵隊長らしい振る舞いをした。
「当初の契約期間はすでに過ぎているはずだ。延長を望むなら、そちらにもそれなりの誠意を見せて貰わなければならない」
「きみたちが撤退するのであれば、それはそれでいい。だが出来るのかね?」
つまり、基地司令は「きみたちはすでに戦争に巻き込まれているのだ」と言いたかったのだ。ブルースはそう解釈した。それは事実であるがゆえに反論出来なかった。
戦闘が行われている状況で、簡単に「ハイサヨウナラ」とは行かない為である。
「だが貴方がたは、そうならば追加料金を払わなきゃならない」
「もちろんそうしよう。きみたちが墜ちれば、慰謝料を払ってもいい」
「傭兵に慰謝料とは、随分と豪勢だな」
「我らが教国は慈悲深い。異教徒にも等しく救いがあればいいと思っているよ」
これ以上口論をする必要はない、と思ってブルースは口を噤み、あとは作戦内容を聞くことに集中した。
なんともあくどく空賊色に染まっているな、とブルースは内心で自嘲していた。正規軍人であった頃の誇りはもうどこにも残っていない――いや、それはすでに、あの時、あの空で失われたのではなかったのか?
ブルースは様々な気持ちを心の沼に沈め、目の前の仕事に集中しようとし始めた。それは大して難しいことではなかった。




