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空の底  作者: 塩屋去来
第三章:魔女との邂逅

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040:War Front





 傭兵と扱われたからにはそう振る舞う。その点において〈ウルフ〉、ブルース・ケインは真面目な男だった。


「こちらの戦闘は終了。管制、次はどこへ向かえばいい?」

「あの、ええ……」


 ある程度は、向こうに対する圧を計算してもいる。自分たちが「価値ある存在」だと示さなければならない、とブルースは思っていた。そしてそれは上手く行っていた。


「東部での戦闘が激化しています。こちらがやや不利です。そちらの援護を」

「〈ビースト隊〉了解。そちらに向かう」


 そのことに対する不満は当然出てくるが、彼は〈ビースト1〉としてそれを封殺した。自分自身の不満さえも。それが生き残る為の術だと心底思っている。


 だが〈ウルフ〉は、この時自分自身に課していた例外を自覚していない。


「行くぞ、諸君」

「もうちょっと気楽でもいいかと思うんですけどねぇ」


 のんきな〈ベア〉の通信。彼は優男風に見えて、こういった、ある種危険とも言える通信も辞さない。胆力という意味では彼こそが一番なのかもしれない。


「航続可能距離の計算は出来ているんだろうな」


 逆に、豪胆に見えるようでいて、実際には繊細な気遣いが出来るのが〈ライオン〉だった。〈ライオン〉と〈ベア〉、どちらがより好戦的なのか、簡単には判断できない。その上で、〈ウルフ〉は部隊を捌かないといけない。


「きみたちの能力は、もちろん把握している。まだ魔力は十分残っているはずだ」

「あんたを基準にして考えて欲しくないもんなんだがな」

「把握していると言っている」


 本当の把握は、管制が行っているはずだ。戦闘機は個人の能力もデバイスとの接触によって管制にデータリンクされている。つまり丸裸ということだ。


 そしてそれ故、アル・ヌルマス教国の管制は、傭兵、〈ビースト隊〉に継戦能力が残っていること――しかも十分に――を把握しているはずだった。〈ウルフ〉はそれに牽制するように言ったに過ぎない。


 しかし能力と疲労はまた別の問題である。ブルースは、むしろ異様な程に元気だったが、〈キャット〉はすこし疲れているようでもあった。


 どうすればいいのか、という部隊長としての問題がある。至上命令は隊員を生き残させること。だが空に上がったからには彼女にも責任はある。戦闘機に乗るものはひとり――昔の複座機主体だった時代ならともかく――。戦闘機同士の支援というものには限界がある。


 だが失いたくはない。


 ――ここに〈ウルフ〉、ブルース・ケインの、彼自身は意識していなかっただろうが、最大の矛盾が存在する。


 つまり、彼は隊の生存をなによりも第一に考えていたが、その中では自分自身を例外にしていたのである。


「次の戦闘空域に向かう。俺たちは傭兵だ。文句は言えない」

「俺たちが墜ちたらジョセフのおやっさんに請求書がいくのかね」

「そういうこと考えちゃ、やーよ。私たちは生き残るんだから」


 生き残るとは、殺すこと――そういう意味だと、〈キャット〉は理解していただろうか。そんなことを思った。だが意識しているにせよしていないにせよ、それを指摘する意味はどこにもない。


 状況は夕方に差し掛かっていた。空がオレンジ色にかかっている。なんとも刹那的な空の中で、〈ビースト隊〉は援軍として戦域に参加し、そして襲い掛かる。


(ビースト)〉の名前を示すがように。


 La-18は大分手に馴染んできた。最初は違和感のあったフライトスティックも指に吸い付くようになっている。だがこのあとVF-15に戻ったあと、また違和感が出ないかどうかという不安もある。


「まぁいい。ここからはボーナスタイムだ。各自適度に敵を狩れ」


 つまり、全力で頑張らなくてもいい、という意思を示した。この言葉でそれが通じたのかな、とブルースは不安に思ったが、特に反応はなかったので大丈夫だろうと判断した。


 つまり、これが「傭兵」としての生き方だ、と彼は皮肉気に呟いた。


 正規軍人ならこんな考え方はしない。ブルースは正規軍人であった過去――それは別に遠い昔ではないのだが――を踏まえてそう思う。


「諸君、空賊としての誇りを持て」

「あんたが、そんなことを言うのか?」

「まあいいじゃないですか。それ、結構愉快ですしね」

「了解、隊長! 私は貴方に付いて行きますわ!」


 戯れに言った言葉に過ぎないのだが、思いの外隊員には好評のようだった。「勘違い」、とはこういう風に起こるのかな、とブルースはなおも皮肉気である。そこは降りたあとに修正しなければならない。


 降りる地があれば、だが。


 そして彼らは戦闘に参加する。積極的に、自律的に、獰猛的に。それが生き残る為の最適解だと理解すればこそ。


「データリンクします!〈ビースト隊〉、支援を願います!」

「言うまでもない」


〈ウルフ〉は静かに答えた。


 仲介する、という状況を彼は十分に利用した。マークされていないことをいいことに、一気に敵機に接近し、墜とす。奴らが気付いた時にはもう手遅れ。戦場はすでに〈ビースト隊〉の主導権にある。


 ひとつ、動きのいい敵機があった。彼は(彼女、かもしれないが)状況の変化にいち早く対応し、鋭い戦闘機動を見せ、こちらの一番弱いところ――つまり〈キャット〉を狙っていた。彼女が無能という意味ではない。彼女は本来情報攪乱任務にあるから、こういったところでは狙われやすいということである。


 だが、〈ウルフ〉はその弱点すらも利用する。その、鋭い戦闘機動を見せながらも〈キャット〉を捉えきれないその後ろに付く。近く。もっと近く。確実に墜とす。そんな気持ちを抱きながら。


「よくやった、〈ビースト2〉」


 なんとも傲慢な言い方だが、〈ウルフ〉はそう言っていた。称賛を表す語彙が不足しているな、と思いながら誘導弾を2発発射し、敵機が回避機動を見せたところで急接近。目の前に見えている。そして実弾機関砲を発射して墜とす。


「〈ビースト1〉が敵機撃墜!」


 だが彼はそれでは飽き足らない。生き残る為に、彼らが生き残る為に、敵は墜とす。


 その異常性を、〈ウルフ〉は認識していない。


 〈ビースト隊〉の乱入により、その戦闘空域の趨勢は一方的なものとなった。もしかしたら、アル・ヌルマス教国の管制さえも、そこまでの戦果は求めていなかったかもしれない。


 そして、戦闘空域をすっかり異常なものとしてしまう異能体(イレギュラー)の存在は、すでに露わになっていながら、まだ明らかには認識されていなかった。


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