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空の底  作者: 塩屋去来
第二章:空賊

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031:Liberty Island





 ヴァルハラ・民主ユニオンの民間輸送船がユニオン内の中でも有名なリゾート地、アルム島に大量の物資を運ぶという情報がつかまれた。どうやら政府の肝いりで大開発が行われるらしい。


「政情不安だってのに、景気の良いことで」


 と言ったのはジョセフである。ともあれ、空賊の情報網はすでにその航路を把握していた。もちろん護衛機は付くであろう。というより、ネブラスカ・ヴァンガードの台頭によってこそ、民間の輸送船にも空軍がサポートするようになったのだった。


「こちらAWACS〈スカイシーフ〉。視界はクリアか?」


 AWACSは当初は非常に高価な装備だったが、いまではどの国でも標準装備になっている。それこそ空賊までも。空軍偏重にある世界では当然の帰結だった。それに戦闘機各個に高度な魔導波探知能力を持たせるよりは、結局のところそちらのほうが安上がりだったのもある。とはいえ簡単に墜とされては困る存在でもある。


 まだ戦闘空域には入っていないので〈ビースト隊〉にもまだ目視でAWACSが見られる。大型の旅客機のような機体の上に、天使の輪のような輪が浮いてある。真ん中にはそこを魔導重力制御で支える尖塔がある。これがこの機体の広域魔導波送受信機能を司っており、くるくると回っている。この形は全世界共通だが、空賊のAWACSの名前はVEW-1〈ヘイロー〉とそのまま過ぎるものになっている。


「こちらはまったく問題ない。敵影は映っているか?」

「まだまだそういう状況にはならないだろう。だがここからは民主ユニオンの航空優勢領域には入る。まだ領空ではないが……」


 AWACS〈スカイシーフ〉はこの手の管制官にしては珍しく男性であった。スタッフは女性が中心だが、彼は魔導波展開感知能力よりも、単純に指揮官として抜擢されたらしい。


「領空侵犯するのか?」

「今回は入港直前を狙う」

「危険な作戦だ」


 しかも今回参加する戦闘機部隊はわずか2部隊。その片方が〈ウルフ〉の指揮するビースト隊だった。そしてもうひとつは――


「つまり俺たちを試している訳だな、あの古狸は」


 そう答えたのは〈レプタイル隊〉の1番機、〈リザード〉だった。と言えばなにか新奇な感じもするが、じつのところブルースは彼のことをよく知っている。


 つまりブルースが〈ビースト隊〉を任されたと同様に、〈レプタイル隊〉を任されたのはリーアム・オリアムその人であり、今はTACネーム〈リザード〉を名乗っている。


 この二つの戦闘機部隊とは別に、輸送船を拿捕し、曳航する為の「船」も付いて来ている。それは3隻。こちらの護衛も当然「仕事」の中に含まれる。そちらのほうが難しいのではないかとブルースは想像していた。


「しかし輸送船を掻っ攫って、どこに売るって言うんでしょう」

「俺が知るかよ。〈スカイシーフ〉に訊いてみな」


 それで訊いてみる。曰く、どこの国にも闇商売を生業にしている商会は存在するもので、そちらに横流ししているらしい。まったく反社会的である。


「これだけの勢力を持っているのだから、そんないかがわしい商売に手を染めなくてもいいんじゃないのか?」

「親方の美学さ。それにこれは示威行為でもある」


 いずれにしても、ブルースたちはその決定に反旗を翻す力はない。となれば、空賊としての新たな人生を歩むしかない。それが短いものであればいいが。いや、途中で墜とされるという意味ではない。


 その日はびっくりするほどの快晴だった。とはいえあまりいいことではない。姿を隠す雲があまりないからである。しかし〈ウルフ〉としてはそれでもよかった。彼はかつての彼には考えられないほど貪欲に戦闘を欲していた。まるですべてを忘れたがっているように。


 実際そうなのかもしれない。だがほかにも理由はあるような気がしていた。だがこの時点でのブルースはそれを上手く言語化することができない。そしてそれに気付いてしまったら――それは地獄の窯の蓋を開くようなものだという確信だけがあった。


 彼は努めて冷静であろうとした。


 作戦地域まではかなり時間のあるもので、その間を無補給で航行しなければならなかった。それゆえ、ジョセフはこの2部隊は航続距離を長く発揮できる人員を用意したらしい。その中でも〈ウルフ〉はトップである。


 それはさらに難しいことを要求されることになる。


「おうちに帰ってまでが遠足だぜ」


〈リザード〉はおどけていったが、それは事実そのものであり、厳しい現実なのである。個人が持っているのは()()()()のみを続けた数字であり。戦闘機動を行った時は当然それは減衰する。


 よって戦闘は短く終わらせなければならない。


「アルム島が見えてきたな」


 空賊たちは反対側から侵入する。島を空から横断することになる。そうなると島民も、観光客もびっくりするだろう。それを考えると――すこしおかしみを感じる。


 この辺りは熱帯のはずだが、高高度を飛んでいる戦闘機部隊には無縁の話。しかし身体は熱くしなければならないのかもしれない。そして心は静かに冷たく。それはどのような戦闘にも適用できる教則だろう。ブルースはそう思っている。


 身体の熱さはともかく、心の冷たさには自信があった。そんなものに自信があっていいものか、と思わないでもないが、ブルースは冷酷とさえ言えるほどに心が凍っている。だがどうじにそれでも戦闘を欲しているのである。そこに矛盾はないのか――


 そして島を通過する。高く飛んでいるから下の様子は分からない。緑の多い島だとだけ。話では民主ユニオンの上流階級の別荘地としても有名らしいが、そんなところを戦場にしていいのだろうか――いや、それは自分の考えることではない。


 そして計ったように丁度、標的の輸送船が対岸に見えた。そろそろ戦闘開始になる。もちろん向こうも戦闘機部隊の護衛が付いている。


 AWACS〈スカイシーフ〉は戦闘空域外に離れ、そこから管制を開始する。


「始めるぞ、諸君。まずは生き残れ。そして果実もいただくのだ」


 実戦は久し振りになる。そしてこれまで空賊退治を主な任務としていたブルースたちが、今度は正反対の立場にいる訳である。


「これでいよいよ俺たちも罪深い賊になる訳だ」

「罪と言うのなら、俺たちはすでに犯しています」


〈ウルフ〉は〈リザード〉に答えた。


「お前、そんな皮肉屋だったか?」

「事実を言ったまでですが?」

「あーあ」


 欠伸をするような〈リザード〉の声が漏れた。彼がなにを考えているのか、ブルースには分かっていた。そうなのだ、自分は変わってしまったのだ。堕ちたと言ってもいい。


「あのかわいらしいブルース青年はもう帰ってこないんだな」

「そうしなければ生き残れない」


 あの時は自分も、そして彼女も青かったから負けた。そして彼女は墜ちた。それが闇堕ちだったとしても、もうブルースは負ける気はなかったし、僚機を喪うこともしない。そういう覚悟だったのだ。


「無駄口はここまでにしろ。すでに諸君らにも敵機が視認できるはずだ」


 AWACSの指示が飛んだ。ここでは〈スカイシーフ〉が事実上の指揮官である。


「見えてますね」


 クリストフの声色は賊とは思えないほどに優しいものだった。


「向こうもこっちを認識しているはずだ。戦闘は避けられねぇな」

「警告通信もないとなると、向こうさんも最初からやる気なのね」

「〈ビースト4〉、〈ビースト3〉の言う通りだ。まずは護衛機を全滅させる。全機、交戦を許可する!」


 AWACSの号令とともに、〈ビースト隊〉の4機、〈レプタイル隊〉の3機が一気に速度を上げていく。それとともに向こうも、迎撃のために散開(ブレイク)してきた。


「〈ビースト1〉、交戦(エンゲージ)

「〈レプタイル1〉、交戦(エンゲージ)!」


 かくして戦争とは無縁そうな楽園の島、その上で空戦が始まる。

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