032:Shake Your Heart
「敵機は総勢10! そこまで大規模ではありません!」
VJ-13〈シャドウ〉に乗った〈キャット〉が叫んだ。彼女の機はこの中で唯一の攪乱機。魔導波攪乱や誘導遮断が主な仕事になる。しかし彼女自身も戦闘は可能である。それとはまた別に、AWACSの補助としての情報収集も行う。
「きみはあまり前に出るなよ」
「ありがとう。でも私も戦うわよ」
彼女のジャミングに隠れて、まずは長距離誘導弾を全機放つ。これで仕留める可能性はあまりない。しかし先制するのは重要である。
「発射! 発射!」
〈ウルフ〉は隊長機の責任として、一番前に出る。そして彼が一番速い。
「くそ、全機遅れるなよ!」
やや悔し気に言ったのは〈ビースト4〉、〈ライオン〉である。彼にはまだ〈ウルフ〉への対抗意識は残っているらしい。
「正面戦闘は〈ビースト隊〉に任せろ。〈レプタイル隊〉は撃ち漏らしの掃討に当たれ」
「へいへい、了解」
AWACSへの〈リザード〉の返答は一見やる気がない。しかしこれがいつもの彼の調子であり、そうであっても任務は忠実にこなす。もっとも、初めての「略奪」の仕事まで真面目にやるかどうかは分からない。多分大丈夫だろうと〈ウルフ〉は思っていた。聡明な彼が今の自分の立ち位置を理解していないはずがない。
今は個人の心配をしなければならなかった。このような小規模な戦闘地帯に手練れのエース部隊を送り込んでくるとも思えない。とはいっても敵も玄人なのだ。油断大敵。
だが〈ウルフ〉はまだ、自身の変容については気付いていなかった。
「捉える」
彼には世界がゆっくり見えていた。今まで見えていなかったものが見えているような気がする。それは彼の変容の本質ではない。それはもっと別のところにある。
敵機視認。レーダーロック。正面から。適切な距離でのヘッドオン発射。
「〈ビースト1〉が敵機撃墜!」
そしてすぐにハイGターンを入れて回避機動に入る――と見せかけて隙を見せたもう1機の後ろを取りに行く。凄まじく速い。それでありながら旋回も鋭い。彼はすでにVF-15を手の内に入れていた。
「速ぇ!」
「おいおい、この調子じゃブルースが全部やっちまうぞ。俺の仕事はないんじゃないか? それならそれでありがたいが」
そうしている内に〈ウルフは〉実弾機関砲の射程にまで敵機を入れ、その翼を撃つ。それは致命傷を与えなかったが、その隙を突いて〈ベア〉が密かに取り付き、誘導弾を発射。数コンタクトですでに〈ビースト隊〉は2機撃墜していた。
「彼らはベイルアウトしているな。『空の底』の上ではこうはいかない」
その〈ウルフ〉の言葉通り、今はアルム島の中で空戦が行われている。それは民主ユニオンにとってはいいのかもしれない。だが空賊である彼らがベイルアウトしても犯罪者として逮捕されるだけである。その未来と「空の底」に墜ちる未来。どちらがいいか?
〈ウルフ〉はすこしだけ考えて、その考えの馬鹿らしさにすぐに気付いた。要は墜ちなければいいだけの話だ。
そしてそのために一番いいのは――ここで敵機を全部落とすこと。
彼は戦闘機動を続ける。それと同時にレーダーモニターを視て、計器も視て、目視でも外を視る。それは恐るべき情報量の流入だったのだが、〈ウルフ〉はそれをずっと適切に処理していた。その上で型破りの機動も続ける。
「すごい、隊長!」
3機目を撃墜した時、素直に称賛したのは〈ビースト2〉だった。彼女は支援に徹している。〈ウルフ〉ももちろん、その恩恵を受けているのを忘れていない。
「諸君、俺に続け」
彼はそれが無茶な命令だったとは気付かなかったに違いあるまい。
「くそったれが」
悪態を吐きながらも〈ライオン〉は一生懸命付いて行こうとしていた。〈ウルフ〉は冷静かつ冷徹かつ冷酷に、彼を撒き餌に出来るな、と判断していた。案の定、彼には敵機が食らい付いている。〈ライオン〉は目立つ機動をしているのだ。それは技量不足ではなく性格の問題であった。それを〈ウルフ〉は利用しようというのだ。
〈ライオン〉に取り付く敵機。機体はMA-32――ラングレー社と双璧を成す民主ユニオンの企業、マクフライ・アビエーションの生産である。旋回性能はそこそこだが、加速性能に優れていることで知られている。かなりの大型でもある。
〈ウルフ〉はすぐに機体特性を見抜いていた。これならバランス性に優れたVF-15のほうが接近格闘戦では有利である。それを十全に生かさなければならない。
速度で〈ライオン〉にさらに接近し、捉えようとするMA-32の側面に取り付く。無論、この角度では誘導弾は捉えられないし、すぐに距離も離れる。亜音速の戦闘だからだ。しかしそこで〈ウルフ〉はハイGターンを繰り出し、一気に後ろを取る。そして取った瞬間に誘導弾を放った。
「〈ビースト1〉、発射」
それはまったく一瞬の間隙だった。遅くても早くても捉えられなかった。しかし〈ウルフは〉それを正確につかんでいたのである。
彼は自分が自由に動ける理由を誤解していなかった。〈レプタイル隊〉が「網」を張っているからその中で自在に敵機を捕捉できるのである。その意味では、僚機も同じだった。彼のスコアは突出していた。しかしそれはひとりで成し遂げられるものではなかった。
戦況は一方的なものになっていた。
「くそ、やつだ! 奴が全部持っていく! どうにかして止めろ!」
民主ユニオン軍は狂乱に陥っていた。それもこれも、すべて〈ウルフ〉が掻き乱していたものだった。それだけではなく、〈ビースト隊〉も〈レプタイル隊〉もそれぞれの仕事を果たしていた。
「いいぞ! この戦果は親方にも報告してやる」
「あまり嬉しくはないが」
その中で、〈ウルフ〉はひとり冷静なままだった。機械のように正確な機動――それでいて変幻自在でもある。それゆえ彼を誰も捉えられなかった。
「俺がやる!」
無謀と言うには可哀想だが、蛮勇を見せようとする民主ユニオン機があった。ちょうど〈ウルフ〉が7機目を屠ったところで、敗色濃厚なのに、あるいはそれゆえこそなのか、彼の後ろを取りに行く。
「〈ビースト1〉、後方注意!」
そしてその敵機は最適な戦法をとった――誘導弾を乱打して〈ウルフ〉を拘束したのである。位置優位を逃さないための、なりふり構わないやり方だった。
「その程度で」
〈ウルフ〉は揺るがなかった。まるで太陽をつかみに行くかのように上昇していく、そして加速。最大速力では向こうに分がある。しかしそれこそが付け入る隙だったのだ。
彼は十分に引き付けたところで、地面とはほぼ直角方向にあるまま、重力に任せるバレルロールを見せた。とてつもないGが掛かる。まるで「空の底」に引かれるような――
そして一気に相手の後ろを取り、隙も与えず誘導弾を発射。撃墜。
その光景はどこかで見たことのあるようなーー
「ミーティー、スペシャル……」
誰にも聞かれず、ブルースは呟いていた。
その頃には戦闘は終息していた。終息というのは穏当な表現である。はっきり言えば空賊は民主ユニオン空軍部隊を文字通り全滅させたのであり、そして狙いの輸送船の翼にも攻撃を与え、航行不能にしていた。
「我々の完全勝利だ。しかし獲物を持ち帰るまで油断はするなよ」
獲物とは輸送船に載せた物資でもあり、輸送船そのものでもあり、輸送船の人員でもあった。すべてが金になる。
「まるで中世に戻ったみたいだな、ええ?」
「進歩的であることが、即ち善かね?」
〈リザード〉と〈スカイシーフ〉がそんな通信を交わしていた。ブルースはどうでもよかった。目の前の戦い、目の前の空を飛ぶ。それだけしか考えていない。
あとは護衛任務をこなすだけだった。それは簡単なものになるだろう。
その帰路、不意に〈リザード〉、リーアムから通信があった。
「しかしお前、そんな奴だったか?」
「どういう意味ですか?」
「この前までのお前は――あんな戦闘的な飛び方をする奴じゃなかった。模範的な飛び方を、俺はじつのところ嫌いじゃなかったんだ。しかし今は……」
リーアムは慎重に言葉を選んでいるようだった。そしてその結果、なにも選ばなかった。
「悪かったな。俺の話は気にすんな」
「そうします」
しかし――彼が本当はなにを言いたかったのか、ブルースには分かっていたのである。それは分かっているがゆえに、触れるべきではないものだった。




