030:Animal Kingdom
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〈ビースト隊〉がいかに猛威を振るい、空に戦慄を与えたかはネブラスカ・ヴァンガードやヴァルハラ・民主ユニオンよりもその敵となったボリス連邦側に記録が多く残っている。彼らが蒙った空戦の被害、悲鳴はじつに生々しい。そして被害とともに「至急対策を望む」といった文言がもはや定例の報告のようになっていた。そして〈ウルフ〉への怨嗟は痛々しく思えるほどである。空戦はほかの戦闘に比べ、より個人の技量が大きく左右し、時には戦術レベルまで影響しうるほどだが、彼らが――というよりはほぼ「彼」がいかに脅威になっていたかの証左である。
しかし、ブルース・ケインは最初から「史上最強のエース〈ウルフ〉」ではなかった。〈ビースト隊〉が結成されたのは戦争勃発2年前に遡るが、彼は優れた戦闘能力は見出されていても、そこまで異常な存在だとは、まだ認められていなかった。それがいかにそうなっていったかは、次に紹介するインタヴュー相手が詳しいが、その前にもうすこしその軌跡を追うことににしよう。
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空賊が航空戦力を保有しているのは基本的には防衛のためである。そこまではほかの国家と大差ない。違うところがあるとすれば、彼らはそれを「略奪」のためにも使うということだった。
「つまり、俺に空の追剥ぎをやれということで間違いないですね」
「嫌か? そりゃまあ、誉れ高きアルスター王国空軍パイロットだったお前には簡単には飲み込めない話ではあらぁな」
ジョセフ・ネブラスカの物言いは気を遣っているようでいて、実際には有無を言わせない状況を作るものであった。
しかし、じつのところブルースはそこまで嫌がってはいなかった――「空の騎士」と褒めそやされても、結局の所は暴力装置に過ぎないことを彼は知っていた。それが「空賊」という環境に変わって、多少仕事は変わってもさして穢れる訳でもないと、その辺りはすっかり割り切っていた。
彼の心配は別のところにあった。心配というよりは疑念といったほうがいいかもしれない。
「俺はついこの間まで貴方達を墜としてきた男ですよ。それを信用できるのですか?」
この質問はジョセフにとっては想定内のものだったようだ。彼は間髪を置かずに答えた。
「ここに逃げて来た時点で、お前等には裏切る余裕もねぇだろ? どこにも逃げられねぇんだから、お前は俺に従うしかない。違うか?」
そう言われるとどうしようもない。そしてジョセフは言葉にこそしなかったが、ディアーネ王女を人質に取っている強みも見せていた。
「心よりの信頼関係ではない訳だ」
ブルースはひところに比べて妙にシニカルになっていた。それがあの経験による変容なのか、元々彼にあった資質なのかは分からなかった。ともあれ、少年のような純粋さはすでに消え失せていた。
「まあ、やれと言われればやりますよ。しかし貴方は俺たちをどこまで実際的な戦力として見做しているんですか?」
「それはこれから証明してみな」
あまり証明するメリットもないように思えたが、かといってサボタージュするのも出来ないだろう。「いい塩梅」での活躍をみせなければならないだろう――ブルースはそう算段していた。しかし計算外のものは彼自身が認識していない、彼自身の内部にあったのである。それはじきに分かる。
「さ、初仕事だ。行ってこい」
「任務」ではなく「仕事」であるところが、もはや正規軍人ではなくなったのを感じる。もっともブルースはそこまで正規軍人であることにこだわりはなかった。
しかし、略奪とは――
結局のところ、彼はここでも生き残る為だと言い聞かせるしかなかった。
駐機場では〈ビースト隊〉の一員となった残り3名がすでに灰色のパイロットスーツで集結していた。どうやらブルースが最後らしい。
「よろしくお願いします、隊長」
「お願いします、隊長!」
「……けっ。まあ従ってやるよ」
なんとも凸凹な面子が揃ったものだ、とブルースは半ば呆れ気味だった。しかし自分もその凸凹のひとりなのである。果たしてそれを纏められるだろうか?
その面子とは以下の通り。
〈ビースト2〉アリス・ストロートマン、TACネーム〈キャット〉。
〈ビースト3〉クリストフ・デュシャン、TACネーム〈ベア〉。
〈ビースト4〉ゲラルド・ハインツ、TACネーム〈ライオン〉。
そして――〈ビースト1〉ブルース・ケイン、TACネーム〈ウルフ〉。
野獣とはよく言ったものだ、とブルースは思った。「脛に瑕持つ」面々が揃った愚連隊。まさかジョセフ・ネブラスカがそこまで意識したとも思わないが……
「あんまり空を飛ぶ名前じゃないですね」
クリストフの言葉はじつにごもっともなものだった。
「なに言ってんだ。お前、自分から〈熊〉って名乗りたいっていったじゃねぇか」
「そういうゲラルドも〈獅子〉は格好付け過ぎじゃないですか?」
「こういうのはハッタリが大事なんだよ。お前だってチビだから〈ベア〉なんだろうが」
「チビとは言って欲しくないな、チビとは!」
仲良しこよしの部隊にはなりっこないと思ってはいるが、あからさまに衝突するのもあまりよくない。それでブルースは言った。
「きみたち、喧嘩はするな」
「喧嘩ってほどじゃねぇよ」
「ま、これくらい闘争心がある方が戦闘機乗りとしてはいいんじゃないの?」
ひとりお気楽なのがアリスだった。彼女はこの部隊で一番の年上である。その余裕を見せているのかもしれない。それを計算したジョセフの配置であるとも容易に想像できる。
しかし戦闘機を使って、どのような手管で「略奪」を行うのだろう? 航空機というものは簡単に拿捕できるものではない。墜とすか、墜とされるか。ブルースにとっての空戦とはそういう単純なものだった。ここではまったく違う技術が求められるのだろうか。
「俺が隊長になる訳だが、正直な所こういった『仕事』にはとんと疎い。その辺りを教えて貰えれば助かる」
「それは実戦で覚えりゃあいいんだよ。実際俺もそうした」
「なるほど。一理ある」
言葉ほど冷静だった訳ではない――不安はあった。だがここで己の有用性を示さなければ生き残れない。空賊は慈善事業でアルスター民を匿っている訳ではないのだ。利用価値無し、と判断されれば簡単に放逐される可能性もある。そしてその場合、王女は――
簡単な話だ。自分が頑張ればいい。
彼は気付いていなかったのかもしれないが、この時彼は「アルスター王国空軍将校ブルース・ケイン」から「空賊の傭兵〈ウルフ〉」に生まれ変わっていたのである。
その実力は、まだこの世界に示されていない。それがすぐそこに待っている。彼らの初仕事、つまり初めての略奪行為、そのための離陸の時が間近に迫っていた。




