英雄の死7
お袋は食事を与えながら、毎日親父に話しかけた。
けど、親父から返事はない。
体は硬直し、床ずれ防止のために夜中に起きて姿勢を変えさせなければならない。
春武達にその知見を教えたのは、意外な顔だった。
雄一だ。
「お前、こんな仕事もしてたんだな。メキシカンリーグで相当稼いだって聞いたが」
「たかだか二年すよ。遅すぎた」
苦笑交じりに言う雄一。
「けど、満足です。努力の結果、俺は一瞬輝いた。あんたの言葉で、その境地にたどり着けた。俺の一生の宝物です」
「そうか。しかし最期には皆こうなるのか?」
将来自分もそうなるかと思うと空恐ろしい気がした。
「科学が発達して、人間の平均年齢は爆発的に伸びた。経済的には先進国と言えなくなった日本だけど、技術水準は保たれている。そして、最期に皆等しく認知症にかかるんです。その大小はあれど。二一世紀も半ばになったけど、認知症の特効薬はまだ出てはいない」
雄一は淡々とした口調で言う。
「時間が解決するでしょう。けど、今はまだその時代ではない」
「……そうか」
溜息混じりに言う。
「奇跡の力を使わないんですね」
雄一が落ち着いた微笑み顔で言う。
「生憎俺も、認知症に効く魔術は覚えてなくてな。けど、覚えてても使わなかったと思う。俺と親父の流儀に反する」
「先輩らしいっす。だから俺も先輩の言うところの安っぽい奇跡に依存せずにここまでこれた」
久々の再会は実りのあるものだった。
「看取ろうと思うよ、親父を」
「長い戦いになると思うすよ」
雄一の刺すような言葉。
「施設に預けたほうが良い」
「それはお袋の流儀に反するんだ」
春武は苦笑交じりに言う。
雄一も苦笑する。
「ほんと、選べる手段ばいくらでもできるのに、優しさでそれをしないのがあんたら一家っすね」
「そうかもな。頑固なとこ、受け継いでると思う」
エイミーの言うところの井上の血と言うやつか。
色々な人が、親父を訊ねた。
エイミー、アリス、鬼瓦、鮮火、アリエル、刹那、上げきれないぐらい。
けど、その誰にも、親父は反応しなかった。
誰もが表情を曇らせ、エイミー以外は二度と訊ねてこなかった。
訊ねすぎても迷惑になると考えたのだろう。そう思うことにした。
刹那なんて特に遠慮深い性格だ。
親父の認知症が発覚してからかなり時間が経った。
いつしか、十年の月日が流れていた。
つづく




