英雄の死8
車もすっかり自動操縦になった。
最近では空を飛ぶ車も量産化に向けて研究が詰めの段階に入ったらしい。
ずいぶん遠くまで来たなと思った。
自分の活躍を見ていた親父もそんな心境だったのかなと春武は思う。
鮮火は春武とも岳志とも違う道を選んだ。
バスケットボールの世界に足を踏み入れたのだ。
曽祖父の血を引いてすくすくと身長が伸びた鮮火はバスケットボールの世界でもレギュラーだ。
キャロライン家の血が少し羨ましい。
「親父、姿勢変えるぞ」
優しく言って、寝ている親父の姿勢を変えさせる。
その仕事にも、随分慣れてきた。
終わると、お袋が入れ替わりに料理を持ってくる。
親父の反応は、相変わらずない。
石にでもなってしまったかのようだ。
見ているのが辛い、と言う感覚は、最初の三年ぐらいで消えた。
ただ、見送ろうという覚悟だけは揺るがなかった。
「随分衰弱しています」
医師が言う。
「あと何年保つかもわからないかと……」
「そうか」
苦笑して返した。
覚悟していたことだ。
親父を車椅子に乗せて、パソコンの前に連れて行く。
鮮火の試合を見せるためだ。
「これ、あんたの孫だぜ」
親父の表情に変化はない。
「そうだよな。そうだよな……」
スリーポイントを決めて自陣に素早く戻る鮮火を、親父とぼんやりと見つめた。
ある朝のことだった。
親父が、床から落ちていた。
何事だと真っ青になった。
ただでさえ脆くなっている骨だ。骨折はないかお袋が入念に見る。
「遥香……」
時間が止まった。
親父が、口を開いていた。
「そこにいたのか……探したぞ」
お袋は一瞬表情を歪めたが、震えながら優しく微笑んだ。
「そうだよ。薄情だなあ君は、ずっとついててあげたのに」
「そうか……良かった」
そう言って、親父は目を閉じた。
その瞳は二度と開かなかった。
一時代が終わった。
天界大戦の残党狩りに関わった人間は大半が高齢者。
家族葬を終えたあと、お袋は呟くように言った。
「私は施設に入れてね。こんな辛い思い、貴方達にはさせたくないわ」
晴れ晴れしい表情だった。
「お袋、アメリカに来いよ。俺達と一緒に暮らそう。鮮火もいる」
「良いのよ。私は、日本が好きだから」
「けど、日本も随分変わったぜ?」
治安も随分悪くなったし人口もかなり減った。
「それでも、お父さんとの思い出が宿ったこの地で、私は生きていくわ」
「そうか」
春武は苦笑して、久々のアメリカに帰った。
親父達は認知症にかかるまでは夫婦生活をやり直せていたのだ。そうと知れたのが嬉しかった。
愛はハグで春武の介護生活を労った。
「まだ終わったって実感がないんだ。長かったからな」
「鮮火の結婚式にも来ないで。呆れたもんだわ」
ぼやくように言う愛。
「行きたかったのは山々だがなあ」
苦笑交じりに言う。
お袋は他人に親父を任せることを嫌った。そのお袋を放置しておくわけにもいかないと思ったのだ。
「良い知らせよ、貴方」
「なんだ?」
「孫ができるわよ」
鏡を見た。
随分白髪が増えた。
そういや鮮火が産まれた頃の親父もこんな感じだったなと思う。
春武は白髪染めを使う気満々だが。
当時の親父ほど老けてはいないが、顔立ちはそっくりだ。
苦笑する。
「あばよ、親父。ありがとな」
一時代は終わった。
これは、熟年の英雄が老い、没するまでの物語。
けどその後も、残したものは受け継がれ続ける。
果てしない地球の時間は進んでいく。
完




