WBC開幕前夜2
京都の高級寿司屋に客が二人。
貸し切りで他に人は大将しかいない。
「しかし井上岳志監督とは上も思い切ったな」
辰巳は悪戯っぽく笑って寿司を一貫つまむ。
「一時代を築いた人でNPBMLB両方に顔が利く。まあ岳志さん相手に断れる人も中々いないしね」
そう言って翔吾も寿司を一貫つまむ。
「それにしてもお互い成功したもんだ。昔は河川敷のリトルシニアでちまちまやってたのにな」
「鬼瓦部長はなにしてるかねえ」
NPB初の女子プロ野球選手翔吾。
その人気は高く、大将も落ち着かない様子だ。
社交力もありトークもできる。日本ではマスコット的存在として親しまれている。
「全部あそこから始まったんだな。俺達の基礎も、春武との因縁も」
「あんたが春武との勝負にこだわり過ぎなきゃもっと一緒に野球ができた」
「けど面白くないだろ? ライバルのいない勝負なんて」
「そのライバルに五連覇許しちゃってますが」
「信玄に晋太郎は反則だよ。あいつら今じゃ普通にメジャーの本塁打王じゃねえか」
「私は上手く乗っかれたよ」
昔から調子の良いやつだったなあと思い返す。
「辰巳とは昔から変わらないね」
翔吾はしみじみとした口調で言う。
「男臭い辰巳と男勝りの私で良いバランスだ」
からかいじみた口調で言う。
「じゃあその良いバランスを、家庭でも持ってみるか?」
辰巳が何気なく言った一言に、翔吾は目を丸くする。
「え、なにその、それって」
「告白って奴だけど……」
あらためて翔吾と話してわかった。
翔吾は辰巳にとっての空気だ。
あって当たり前のもの。けどなければ困るもの。
他の誰の手にもわたしたくなかった。
「けど」
翔吾は目を白黒させていたが、そのうちそっぽを向いて呟いた。
アホ毛が、揺れた。
「私、春武と寝たよ?」
「は?」
思わず硬直した辰巳だった。
春武と言えば中学時代から彼女持ちではないか。
何処にそんな隙間が、という問いが混乱と同時に湧き上がってくる。
結局その日は、会話も弾まずに解散となった。
「俺、諦めないから」
別れ際に言う。
「けど、春武と寝た私を許容できる?」
ぐっとつまった辰巳を見て、翔吾は悪戯っぽく微笑むと、大きく手を振って去って行った。
後には、辰巳が残された。
つづく




