脇役の花道3
「随分不味いことになっているみたいだね」
最期にこの人を見たのはいつだっただろうか。
確かWBCの監督を引き受けた時だ。
あの時より白髪が増えたが、やはりメジャーの長距離砲というのは大柄な人物だなあと沙都子には感じられた。
井上岳志だ。
球界の潤滑油が情報を聞きつけてやってきたらしい。
春武の父親だ。沙都子の恋人である雄一にとって無関係な人間ではない。
喫茶店で二人は向かい合っていた。
「球界復帰は、無理でしょうか」
沙都子は、手に汗握ってスカートごと膝を握りしめる。
岳志は苦笑顔でコーヒーを啜った。
「話は出回っている。もう、NPBでは無理だろう。かと言って中堅の若くない選手だ。MLBも厳しいというのが現実的な物の見方だろう」
「そうですか……」
俯く。
「しかしだね、雄一君は野球に未練はないのかな?」
「晋太郎君と比較されて、ついつい手が出たと言っています。随分前から夜遊びに逃げてたけど、彼は、本当は……」
野球を、やりたいのではないかと思う。
ただ、彼は自分で自分に呪いをかけた。
奇跡なんて、起きないのだと。
努力しても、なにをしても、非才な自分は天才に届かないのだと。
それが原因で野球が苦痛になっているのだとしたら。
彼を縛ることはできないのではないか。
沙都子が態度を決めあぐねている理由でもあった。
今はただ、そっとしておくことしかできなかった。
「優しい子だ、君は。プロ野球選手の肩書に惹かれて寄ってくるミーハーはいくらでもいるが、輝きを失った瞬間に潮が引いたように去っていく。君のように惚れ込んだら一筋の子は中々いない」
沙都子は苦笑した。
「知らないんですか。だって私は」
雄一に惚れた理由を、告げる。
岳志は目を瞑った。
「その理由を、雄一君に語っておあげなさい。それが一番の薬になるだろう」
「……本当ですか?」
疑わしげに言う。流石に面と向かっていうのは気恥ずかしい。
岳志は目を開くと、細めた。
「本当さ。男の尻をひっぱたけるのも良い女の条件だ」
「本当かなぁ。それに、男だからとか、女だとか、遅れてますよ、岳志さん」
「ふふ、僕も古い人間になっちまったなぁ。いやはや時代は変わったよ」
そう言って苦笑する岳志。
釣られて苦笑する沙都子だった。
つづく




