脇役の花道
雄一は青高で晋太郎と同級生だった。
そこまで輝かしい野球人生を歩んできた。
大学で躓いた。
無謀と言われた海外進学。
圧倒的な体格差。
そこで心折れて、NPBへの入団を決めた。
「お前は努力してるし才能もある。大丈夫だ。今は未熟でもそれは経験が足りないだけだ。自信を持ってやれ」
どうしてそんな台詞を今更思い出すのだろう。
高校一年の頃に先輩の春武からもらった熱い台詞。
あの時胸に灯った炎は、いつの間にか消えていた。
「お前の努力も、周りの努力も、否定するな! 安っぽい奇跡に頼るな!」
春武はそう言った。
「奇跡なんて、ないんすよ。先輩」
空中に消えていく煙草の煙を眺めながら、ぽつり、呟いた。
現在、雄一はセ・リーグ球団の守備固め要員。
たまに先発で出て四球を選んでいるが、長打はなく、肩もそこまで強いわけではなく、レギュラー獲得は厳しい。
なにせ、二一世紀ももう半ばだ。
NPBのレベルも年々上がっている。
体格に恵まれた選手が、やはり多い。
自分の身長はいつか伸びるだろう伸びるだろうと信じて、ついぞ伸びなかった。
元々、アスリート家系ではない。
親は普通のサラリーマンだし、幼少期から専門的な教育を受けたわけでもない。
サラブレット達とはもちろん違うし、幼少期の食育運動と大学で躓いた時点で野球エリートというのも疑問符が付く。
ただ、夢にぶら下がっている中途半端な立ち位置。
それが、今の雄一。
試合の途中に平気でタバコを吸えるようになったのはいつからだろう。
ベンチの真ん前で応援しなくなってどれから経つだろう。
思い出せない。
狂ったように時間だけが過ぎていき、夜の遊びに時間が浪費されていく。
「で、来季の契約なんだが」
そこそこ出ているから上がるんじゃないかなと何となく思う。
「三百万アップでどうだろう」
「もちろん」
MLBはおろかNPBの億プレイヤーも遠いお買い得なベンチウォーマー。
それが、今の雄一だった。
「ねー」
ある日の朝、同棲している恋人の不平の声と料理の良い匂いで目が覚めた。
「引退した後のこと、考えてる?」
「ドラ2だぜ。球団がなんか役職用意してくれるさ」
「その保証はあるの?」
「一応それとなくお願いはしている」
「本当かなぁ」
後ろから恋人を抱きしめる。
「あー、温い。人間ホッカイロだ」
「まったくもう。夜遊び酷いから貯金は溜まってないし、私は正直将来が心配だよ……」
恋人は困ったように言う。
「夜遊びだけでも辞める気はない?」
「俺に人生辞めろって言ってる?」
「引退した後もその調子だったら長続きはしないよ。雄一は正直長生きできるタイプでも短期間でガッツリ稼げるタイプでもないんだから」
「昔、俺は魔法使いだった。って言ったら信じるか?」
恋人は困ったように口をつむぐ。
返事を考えているらしい。
「冗談だよ。奇跡なんて、ないんだ」
そう熱に浮かされたように言う。
そのキャンプのことだった。
「同期の晋太郎選手は大活躍してるのに雄一さんは脇役って感じすね」
そんな後輩の軽口に、何故か手が出た。
もちろんそんな選手を上が放置しておくわけがない。
表には出されなかったが、内々に処罰され、外部ではすわ薬物か交通違反かと噂が出回った。
こうして、光は遠ざかっていき、ダーティーなイメージがついた雄一の居場所はなくなった。
貯金もない。
その他になくしたのは若さ。
得たものは果てしない自由。
テレビでは今年のディビジョンシリーズのハイライト。
春武と信玄が対決していた。
どうしてこんなに差がついたかなぁ。
今更感情は動かなかった。
動くほどの熱量がなかった。
もう、野球に関しては完全に冷めてしまっている自分に気がついた。
金が稼げたから惰性でやっていただけだ。
それを指摘され、つい手が出たのだろう。
その時灯った火も、一瞬だけのものだった。
溶け切った蝋燭。それが今の自分。
ただ、恋人が煩いだろうなとぼんやりと思った。
つづく




