手からこぼれ落ちたもの、残ったもの5
「さて、どう話したものか」
自分自身に問うように言う。
パートナーすらいない自分が、妊娠している人の不安を解決する。
中々に中々の難題だ。
ただ、手に残ったもの。経験値。人生経験。
それで彼女を変えられたなら。
その時は自分も変われる気がした。
「まず、貴女は今不安定な状況にあるのに暴走していない。力の制御が出来ている。それをまず認めるべきだと思う」
「……訓練は、しましたから」
ギシカは、か細い声で言う。
それが素なのだろう。
自分が嫌いで、自分に自信のないギシカ。
「相手は、人間ですか。悪魔ですか」
「……人、です。私が悪魔の血を引いてることなんて知りもしない。だから今、罪悪感で、一杯です」
「相手が人なら子供に受け継がれる血は四分の一になる。暴走の可能性は益々低くなる。貴女ほど制御に苦悩しなくて済むと言うことです」
論理を紡ぐ。
「けど、私は……恋してなんか、いけなかったんだと、そう思います」
「なんでそう思います?」
「私が、悪魔の血を引いているから」
「六華とギシニルは本当に貴女がそんな風に思い悩むと思って産んだんでしょうか?」
ギシカは黙り込む。
「私には子供はおろか、パートナーもいないから想像はつかない。けど経験則から仮説は立てられる。そこには、未来が見えていたのではないかと」
「未来……?」
「そう、未来。貴女は可能性そのものとしてこの世に生を受けたのです、ギシカ」
「未来……可能性……」
「子供に感じませんか? それを。愛する人との間に産まれる子供に」
しばし、考えこむギシカ。
「貴女自信を否定することは、産まれてくる子供まで否定することになりませんか、ギシカ」
ギシカは頭を抑えた。
「貴女は自分を受け入れるべきだ。制御できている自分を誇るべきだ。そうすれば、きっと、もっと楽になる」
かつて、恋人の復讐のために悪霊を大量に体内に取り込んでいた涼子だ。
魔族の感情のコントロールの難しさだけはなんとなく想像がつく。
経験則だ。
そして、それを可能としているギシカの制御力も、誇るべきだと思う。
「これはエイミー・キャロラインと井上遥香の会話から出たという言葉ですけどね」
「エイミーさんと、遥香叔母さんの……」
「人は、愛されるために産まれてきたんだと」
自分で言ってて蕁麻疹が出た。
なんでこんなことを真顔で言えるのだろう恋愛主義者は。
けど、相手は恋愛主義者。
その土俵で戦う必要がある。
それもまた、経験則。
「貴女はその恋人に愛され、恋人とともに娘を愛しておあげなさい。六華は、貴女を愛しませんでしたか? 私の知る限り、彼女ほど情の強い人間は見たことがない」
かつての彼女の兄への思慕の情は呆れるほどに良く知っている。
井上岳志ランニング動画を延々と撮ったりホームラン集好守備集など密着しなければ出せないような動画をどんどん出していたものだ。
「昔」
ぽつり、とギシカが口を開く。
「私を良い子にしすぎたって、忙しいのに時間をとって、一緒にいる時間を大事にしてくれました」
「貴女もそうすれば良い。六華は残念ながら貴女の苦悩はわからない。けど、貴女なら、貴女の娘の苦悩も理解できるはずだ。魔族の血を引くもの特有の悩みがね」
ギシカは、しばし考え込んだ。
表情を窺い見る。
その表情が、綻んだ。
「貴女、名前は?」
「涼子。皆は隊長とかリョーコさんとか呼びます。岳志は確かリョーコさん呼びだったかな」
「リョーコさんって、お母さんみたい」
照れくさげに言うギシカ。
意表を突かれてぽかんとする。
「おか……あさん?」
地球上で自分とは一番程遠いと思っていた言葉だった。
「ありがとうございます。娘と自分を受け入れて、生きていこうと思います」
「それで良い。あんたは愛される側の人間だ。悩むだけ時間の無駄ですよ。そういうのは時間のある私のような暇人に任せれば良い」
「陰陽連のベテランさんで、大忙しじゃないですか」
「今日もパチンコ打ちに行こうとしてた感じですよ。やることがなかったから護衛に駆り出されただけです」
「あ……」
ギシカが不味いものでも飲み込んだような様子になる。
「どうしました?」
「あの、その、大変言い辛いのですが」
「どうぞ」
「私、パチンコ、パチスロ、規制派です」
間抜けな沈黙が漂う。
「喫煙者をこれ以上いじめなければそれでいいですよ。選挙では貴女を支持します」
「禁煙外来ありますけど……」
「アップデートできない人間もいるんです。部下からは遺物呼ばわりですよ」
「変わった人ですね、リョーコさんって」
「だからこの歳まで一人なんです」
「勿体ない」
滑稽そうに微笑むギシカ。
「絶対結婚するべきです。私も、そうします」
涼子は微笑んだ。
「なら、よし。早々に帰って、未来の旦那さんと話し合いの場を持つべきでしょう」
「ありがとうございます、そうします」
その数十分後に、ギシカは帰路についた。
京都駅を見上げ、涼子は感慨にふける。
やけに長く感じた数時間だった。
自分はやり遂げたのだという僅かな満足感がある。
手からこぼれ落ちたものは多い。しかし、残ったもので未来に託せる物もある。
なら、自分が生きてきた意味も、生きていく意味もあるのかもしれない。
そう思った。
「隊長が煙草吸い始めた時は乱心したかと思いましたよ」
部下がぼやくように言う。
「結局なんだったんですかね。議員様の気まぐれですか?」
「まあそう言うなよ。悩めるギシカ嬢に一票お願いします、だ」
そう言って、カラカラと笑って、その日は終わった。
その翌日、代休を貰ってパチンコ屋にやってきた涼子は渋い顔だった。
「規制のせいで出玉がきちぃ」
ぼやく涼子にもう年長者の貫禄はない。
つづく
この回は終わり




