手からこぼれ落ちたもの、残ったもの4
ギシカは中々出てこなかった。
今頃必死に書物を読み漁っているのだろう。
ないはずのヒント。
砂漠に落ちた一本の針を探すように追い求める。
全ては我が子のため。
(子供がついぞ持てなかった私にゃわかんない悩みだなあ)
そんなことを思う。
刹那やエイミー、天界大戦の残党狩りで第一線で戦ってきた人々の育児談義などをたまに聞くが、遠い話のように思える。
自分の悩みなら、自分で解決できる。
しかし将来的に子供の代まで受け継がれる悩みだとしたら。
どうすれば良い?
その苦悩は涼子にはわからない。
手からこぼれ落ちたもの。それはありきたりな家庭生活。
子供を持つということはおろか、パートナーを持つことすら自分には出来なかった。
「人は人と付き合うことで角が丸くなるのよ」
エイミー・キャロライン一族の金言。
自分には全く響かない。
(一匹狼って奴なのかねえ……憧れてる立場のほうが楽で良いと思うけど)
「隊長、渋い顔ですよ」
部下が小声で注意してくる。
苦笑する。
「悪い悪い、ニコチン切れだ」
「煙草の価格かなり上がって吸ってるの隊長ぐらいじゃないですか?」
「私の世代の人間はまだ吸うよ。それでもかなりの少数派だったが。それも値段高騰と共に減っていって……喫煙所なんかで誰かと顔を合わせると戦友と会った気分だね」
「禁煙外来ありますけど」
「賢い人はそこを使うんだろうけどねえ……生憎、古い人間なのさ」
アップデート出来なかった大きな子供。それが自分。
一方、子供のために血眼になるギシカ。
母親の六華はなにをしているのだろう。
(いけないな、他人の家のことなのに、ヤキモキしてきた)
そんな自分自身が不可思議だった。
不器用な後輩を見るような。
そんな感覚。
「隊長、また渋い顔。禁煙パイポ買ってきましょうか?」
「今でも売ってるんだあれ」
「電子タバコなら副流煙の心配なく吸えますよ」
「タールが入ってないと駄目だぁ」
「本当古いですね隊長は。遺物ですよ遺物」
(遺物ときたもんか)
流石に言い過ぎではないかと渋い顔になる。
ギシカは一時間ほど経つと、肩を落として出てきた。
「他の家にも書物は、書物はありますか?」
縋るものを失いつつある人間の目。
その肩に、手を置いた。
もう、放置して置けなかった。
まったく、六華はなにをやっているんだ。
「もう、やめにしましょうや」
「隊長!?」
「すいません、議員。隊長、撤回して!」
聴かずに、言う。
「この京に、貴女の求めている書物はありません。存在しないんです。貴女は、自分自身を受け入れて、先へ進む必要がある」
「自分自身を……?」
ギシカの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「こんなに嫌いなのに?」
「ええ、そうです」
涼子は頷き、煙草を取り出して火をつける。
「隊長! 市街地での喫煙はご法度!」
「要人護衛中に、始末書沙汰ですよ!」
「隊長乱心、隊長乱心!」
騒ぐ部下達を尻目に、ギシカに言う。
「河岸、変えましょうや。ちょっと腹を割って話がしたい。私は六華とは旧友でね」
その言葉に、部下達も静まり返る。
「母さんと……?」
「ええ、貴女の母上がまだ子供だった時代。戦士にも議員にもなる前。兄の背中を追い求めていた時代に接点があります」
そう言って、涼子は歩き始めた。
「行きましょう」
そして、ふと気づいて、煙草を携帯灰皿に放り込んだ。
「いけないいけない、この煙は貴女の抱く未来に毒だ。これだから喫煙愛好家はいけない」
そうぼやいて、涼子は歩き始めた。
涼子は今、六華が果たせなかったことを、代わりに果たそうとしていた。
(……自分にできるだろうか)
次代への架け橋。そうなることができるだろうか。
甚だ疑問だった。
が、こうなってはやるしかあるまい。
ギシカも意を決したように、後を歩き始めた。
つづく




