手からこぼれ落ちたもの、残ったもの
かつて、交際していた男は言った。
俺がいなくなっても新しいヒーローが現れる、と。
その男に先立たれて、新しいヒーローも現れた。
けど、結局そのヒーローを掴むことは、涼子には出来なかった。
コンビニの駐車場の車内でタバコを吸う。
(昔は喫煙所なんてものがあったもんだけどねー……)
そんなことを思う。
都会から始まったコンビニの喫煙所撤去。
今では全国区に広がっている。
涼子の祖父母世代が若い頃には移動機関や飲食店でも当たり前に喫煙出来ていたというから隔世の感がある。
(そんなに嫌われるもんかねー……嫌われるもんなんだろうなー……いやはや辞めないとな)
そう思いつつ二本目。
パネルフォンを開くと井上春武打撃二冠の文字が踊っていた。
ヒーローの息子だ。
ヒーローは現れた。
けど涼子には一瞥もくれずにあっという間に手の届かない存在になっていった。
そして、数十年の歳月が流れた。
今だ、独り身。
半ば諦めている。
煙草を携帯灰皿に押し付けた。
灰皿のある車というのも少なくなった。
(世知辛いのじゃ)
誰の台詞だったかは忘れたがそんなフレーズがあった気がする。
全てはもう遠い過去だ。
パネルフォンが着信を告げる。
涼子は陰陽連のベテラン術師だ。
と言っても、実力は六大名家の当主達には遠く及ばない。
神や天使が跋扈した天界大戦の残党狩りではあっという間に後方支援へと回された。
それでも経験値から組織からは重宝されていた。
パネルフォンには、陰陽連、の文字。
面倒臭く思いつつも出る。
「涼子さんですか? 今、休暇ですよね?」
「だよー。お一人様を満喫してたとこ。最高にクールだわ」
クールすぎて風邪を引きそうだ。
「申し訳ないのですが要人警護をお願いできないかと」
「そういうのは刹那の仕事でしょー。私みたいな末端の仕事じゃないわ」
六階道刹那。武神の異名を欲しいがままにする陰陽連のエース。
彼女の模擬戦を見た時はその圧倒的な突出加減に開いた口が塞がらなかった。
涼子のヒーローはその上を行ったというのだから、自分が後方支援に回されるのも納得だと思う。
「その刹那さんは子息の子供が生まれるのに立ち会いたいと現在米国です。その隙間に緊急で視察したいという政府要人が現れたのです」
「……面倒くさいことにならなきゃ良いけど」
ぼやき混じりにいう。
「正味言うとね。私も鍛えたけど悪霊憑きの対処が限界よ」
「それで十分です。天界大戦の残党狩り、その後の模造創世石の混乱も解決済みです。平和な世の中ですゆえ」
敵のレベルが下がって相対的に自分の重要度が戻ってきた感じか。
(皮肉なもんだよまったく)
ガリガリと頭をかく。
「良いよ。どうせパチ屋で暇潰そうと思ってたんだ。で、その傍迷惑な要人ってのは?」
「井上ギシカ議員です」
ずり落ちた。
ヒーローの姪っ子ではないか。
あの六華の娘である。
それが、議員。
(やっぱ隔世の感があるなあ)
そうしみじみと思う涼子であった。
さて、その来訪の意図はなんだ?
六華の娘ならば護衛に手間もかからないだろうからそんなことに思いをやる余裕が出てくる。
六華と言えば全盛期は六大名家当主クラスと話題になったものだった。
今更京都になんの用だろう。そんなことを思う。
つづく




