限界社畜は寿退社の夢を見るか4
千紗はあずきの家に帰ってきていた。
待っていたのはアリスだった。
「はあい」
金髪碧眼のアリスが畳の部屋にいるのはなんとも違和感がある。
これも時代の流れか。
しかしそれにしても、この人ガイエルと同じ悪魔というだけあって、老けない。
千紗が子供の頃から同じ外見だ。
「なあに? アリスの呼び出しだったの?」
「うん。そ、そ」
(なんの用だろう)
アリスは自分の幼馴染の愛の叔母だ。
その愛ももう成人しているから……
(何歳だろ、この人)
そんなことを思う。
「アリスは相変わらずパフェ屋?」
「んにゃ、そろそろ見た目が変わらないから転職だって」
「うちに来る? 言っとくけどかなりブラックよ?」
「んにゃ、遠巻きに聞いてる限りかなり酷い職場だからやめとく」
苦笑交じりに言うアリスである。
それなら益々何の用だろう。
そう思いつつ、彼女の向かいに座る。
「ねえ、千紗。あのね。パフェ屋のバイトでも生きていくことはできるんだよ?」
「……そりゃアリスさんは家賃払わなくて良いじゃないですか。体が老いる心配もないし。私は老いるんです。老後の心配もしておかないと」
「けどさー、千紗の場合は極端よ、極端」
アリスは益々苦笑する。
千紗は床に手を置いて体重を預ける。
「けど、私は譲りませんよ」
「あずきは柔軟なのに誰に似ちゃったかなあ」
「だから対人関係も上手くいかないんです」
蓮っ葉に言う。
「あのね、千紗」
「なんですか?」
「私ね、昔、春武に愛と付き合うように勧めた」
春武がアリスを想い続けていたのは有名な話だ。
今では彼もメジャーリーガー。時代の流れは早い。
「釣り逃した魚はデカかったですね。結婚してたら今頃億万長者ですよ」
「金銭面はどうでも良いけど、最近孤独だなって思ってね」
千紗は黙り込む。
「なんだかんだで、私を想い続ける春武は可愛かった。今じゃすっかり格好良くなって。けど、私のことを想ってくれる春武を袖にし続けて身近に置いておくのは憚られた」
「身近に、置いておく……?」
目から鱗が落ちた気がした。
そうだ、自分はガイエルを身近に置いている。
彼の好意を良いことに。
「他の人との可能性を捨ててまで自分を追い続けるって選択肢を、春武には選ばせたくなかった」
千紗は口を開いて、閉じた。
言いたいことがわかったからだ。
「ガイエルとは、離別します」
「本当にそれでいいの?」
アリスは微笑む。
「一緒にいる選択肢って、そんなに不自由なものなのかな? 千紗はガイエルのこと、嫌い?」
「嫌いなら、一緒に……いるわけ……」
呟いて、はっとした。
アリスの顔を見る。
アリスは優しく微笑んでいた。
「自分の気持ちってね。案外口にしないとわからないんだ。意外なことを引きずってたり、意外な気持ちに気がついてなかったり」
そう言って、アリスは千紗を撫でる。
「気づけて良かったね」
「……はい」
千紗は微笑んだ。
+++
家に帰る。
ガイエルの料理の匂い。
「ねえ、ガイエル」
「なんだ? 今麺茹でてるところだが」
「話がある」
「麺が伸びちまうよ」
「良いから」
ガイエルはしばし黙っていたが、そのうち千紗の前に小さくなって座った。
追放されるとでも思っているのだろうか。
「あのね、私、ガイエルのこと嫌いじゃない。ガイエルが私を好きって気持ちは戸惑うけど、私もガイエルのこと嫌いじゃないと思う」
ガイエルの顔に疑問符が浮かぶ。
なにを言いたいのだろうと言った感じだ。
こっちだってどうまとめたものか悩んでいるのだから仕方がない。
「けど、私、結婚って言葉には拒絶反応示しちゃうの。多分聞いてると思うけど、実の両親がカップルから夫婦になれない人だったから」
「うん」
沈黙が場に漂う。
千紗は息を呑んで、言う。
こんな勇気を持って、ガイエルは告白してくれたんだ。
そんな実感に胸が熱くなり、涙腺が緩む。
「パートナーじゃ、駄目かな」
「パートナー?」
ガイエルがキョトンとした表情になる。
「私はガイエル以外を好きにならない、ガイエルは私以外を好きにならない。それでずっと一緒にいる。それじゃ、駄目かな」
カップルの形も様々だ。
多様性の時代。
同性同士のカップルもいれば、人間と悪魔のパートナーだってあってもいいのかもしれない。
ガイエルは微笑んだ。
「わかった。今日から俺達は、パートナーだ。転職の準備しとけよ」
千紗は肩の荷を下ろした気分で苦笑する。
「だね、ここからは二人馬力だ」
今まで、一人で歩いてきた。
けど、これからは彼とともに。
限界社畜は寿退社の夢は見なかったが、パートナーと歩んで転職する夢を見た。
余談だが、次の職場でマイペースに早出残業してたら収入が凄いことになった。
つづく
次回は翔吾と信玄と辰巳の話になると思います。




