二度目の二十代5
その日、ZOOMの反省会にもあずきは顔を出さなかった。
引き止められるのがわかっていたからだ。
可愛い歳下達に引き止められれば自分は翻意しかねない。
それは危ない、と思ったのだ。
数時間が経っただろうか。
ラインの着信音が鳴った。
『明日、テニスしない?』
エイミーからのメッセージだ。
あずきは、いいよとだけ返してその日はパネルフォンを遠くにやった。
咲夜が帰って来る。
あずきは大量の料理でそれを出迎えた。
「今日の配信まだ聞いてないけどどうだった?」
咲夜が苦笑交じりに聞いてくる。
エイミー対刹那の触れ込みだ。どんな荒れようかと想像しているのだろう。
聞いたら想像以上だった、と吃驚するかも知れない。
「引退宣言したよ」
咲夜は目を丸くしてしばし黙り込む。
そして、優しく微笑んだ。
「お疲れ様」
「うん。これ一本で娘育てたし、老後の貯蓄も作ったし、家も建てた。ようやったわ」
「アリエルを育てたのも君だしね。アリエルは今や世界的な歌姫だし、君も声優業を一時期やった」
「これからは一般企業へ就職ー……もこの年齢と外見のギャップじゃ難しいか。ちょっと生きがい探さなくちゃね」
あずきにとって配信は二十代の頃からの日課のようなものだった。
沢山の人とコラボした。
マネジメント能力には自信があった。
しかし、それは相手がプロの場合だ。
配信未経験者を相手にした時の難しさを自分はわかっていなかった。
よくもまあ昔はアリエルを乗りこなしたものだと思う。
それも、もう終わった話。
あずきは二十年以上に渡る青春に別れを告げることに決めたのだ。
「子供、作ろうか」
咲夜が肩を抱いてくる。
「きっと君の生きがいになるさ」
「やらしいこと考えてる」
「心外だなあ。けど、君との間に可愛い子供が欲しいのは僕の思いだよ」
咲夜はそう言うと、ダイニングに向かっていった。
出産か。それも良いかも知れない。
二度目の二十代。
せっかくだから一回目とは別の人生を楽しむのも良いだろう。
実の子を育てる人生というのも良いのかも知れない。
きっと苦戦するだろう。
エイミーや刹那の話を聞いているとそう思う。
義理の娘の千紗は良くも悪くも良い子過ぎた。敏感すぎるほどに。
だから、自分はゼロから育てる実の子には手を焼くのだろう。
そんな人生も良いのかも知れない、と思い始めた。
(そうなるとそのうちエイミーとテニスもできなくなっちゃうなあ)
腹の中で子供が大きくなればスポーツは厳禁だ。
当面の暇つぶしとして付き合ってくれるだろうが、将来的にはできなくなるだろうな、と思った。
そして翌日、あずきはエイミーを乗せて、市民公園にやってきた。
平日の昼間だ。予約は出来た。
個人事業主の強みだ。
車中、エイミーは無言だった。
降りてコートに出て、準備する。
「軽くリハビリがてらラリーしよっか」
エイミーが淡々とした口調で言う。
「ん、りょ」
ネットを挟み、二人でラリーを始める。
テニスボールを弾く音が周囲に響き始める。
「パネルフォン、見た?」
「見てないなあ」
軽い調子で返す。
周りの反応がちょっと怖い。
「愛が鬼電してるわよ」
「あら、責任感じちゃってるのね」
「うん」
沈黙が漂う。
響くボールの音。
「私のせい?」
エイミーが問う。
「潮時だったのよ」
整理するように、あずきは言う。
「そんなんで辞めないでよー。これじゃ私が辞めさせたみたいになるじゃない」
拗ねたように言うエイミー。
「ま、加害者が被害者ムーブするのは良くないって自覚してはいるんだけど、そう思わざるを得ないわ」
「自己分析できてるじゃない」
くっくっくと苦笑する。
「くり返し言うけど、潮時よ。世代交代の良い時期だわ。いつまでも若いエイミーやアリエルとは違う。せっかく貰った二回目の二十代なんだもの。私はここで降りるわ」
「……責任感じちゃうなあ」
「貴女の娘に敵わないって実感したのは事実だけどね。配信素人の怖さを改めて思い知った。アリエルが初めて乱入してきた時は冷静に対応できたのに」
「私も確かに初心を忘れてたわ。収集つかなくなっちゃったわよね、あれ。あずきが宣言しなかったら」
「仕方ないわよ。ちょっと最近ローになってるって言ってたし。私は子供作って生きがいにする。エイミーは?」
「配信続けるわ。もちろん風当たりは強いだろうけど。私それぐらいしかやることないし」
「ねえ、エイミー。貴女は長寿だろうけど……」
人間寿命の限界を越えた時、表向きは死んだことにしなければならないだろう。
その時どうするつもりなのか聞いてみたかった。
岳志も愛もいない世界。
彼女は耐えきれるのだろうか?
訊くだけ野暮だと思って辞めた。
「愛ちゃんは素人さんを巻き込んでもトラブルを起こさないマネジメントのギフト持ちだわ。あわよくば復帰に導いてあげて」
「完全にネットデトックスする気か」
「検索ぐらいはするかなあ。けど動画見ちゃったら未練が顔をのぞかせそうでね」
「そっか。ありがとね、あずき。あずきとアリエルの存在は大きかった」
「エルミーでやるの?」
あずき、アリエル、エイミーの三人ユニットあずエルミー。
あずきが抜けるとなれば別の方向を模索しなければならないだろう。
「アリエルの知名度は魅力的なんだけど天然過ぎてね。多分一人に戻るわ」
「そっか。確かに、気苦労が大きそうだ」
苦笑する。
アリエルのマイペースさときたら図太いなんてものではない。
赤子が繊細な人間関係の機微を理解できないようなものだ。
「じゃ、試合でなに賭ける?」
エイミーがボールをキャッチして、地面に弾ませ始める。
「そうねえ。せっちゃんとの仲直り、かな」
「それならもうしたわ。刹那も反省してた」
なら、良い。
皆良い子だ。
「じゃ、私が勝ったらたまにはアリエルの面倒見てあげて。一人じゃなにもできないから」
「わかったわ。ただし、私が勝ったら引退撤回ね」
「ちょっ!」
慌てて口を開ける。
しかし有無を言わせずエイミーは高々とボールを天に投じた。
そして、サーブを放った。
鋭いサーブだ。
鍛えてもいないだろうにこれがNBAプレイヤーの血筋。
「なんてね」
そう言って、エイミーはステップを踏み始めた。
まったく、と思いつつやっとのことで返球する。
その日、勝ったのはあずきだった。
それはそうだ、引きこもっているエイミーが走り込みの日課を持っているあずきにスタミナで勝てるわけがない。
別れは、あっさりとしていた。
岳志からの連絡に気づいたのは帰ってパネルフォンを確認してからだった。
話したい、とあった。
(はてさて、あらたまってなんじゃろな?)
簡潔な内容ならラインや電話で十分だろうに。
良いよ、とだけ返事をした。
つづく




