幕間/井上家新生児命名会議(両親不在)
「遥香と岳志の子供で春武にゃろ? 愛と春武の子供でアイタケでいいんじゃないかにゃ?」
この天使は相変わらず世間ズレしているなあとアリスは思う。
「ね、ね。アリエルに歌リクエストして良い?」
「良いにゃよ。私はもう世界的なシンガーソングライターだもん。アイタケも名付けられて光栄だにゃ」
「ダダダダ天使」
「……私のネーミングセンス、そんなに壊滅的かにゃ?」
「却下」
とエイミー。
いつになくテンションが低い。
「却下に一票。錦糸類にありそうな名前ね」
刹那が腕組して淡々とした口調で言う。
「錦糸類……アリエルのネーミングセンスは学術的なんにゃね」
「いや、学名的な話じゃなくて通称的な話だから。有り体に言えばシンガーソングライター的に致命的にワードセンスがない」
エイミーはバッサリ切って捨てた。
「良いもん。アリエルはあずきがプロデュースしてくれれば何処までも羽ばたけるんだから。あずエルミーは今日で解散、次回からあずエルでやらせてもらうにゃ」
ジメッとした人物が一人現れて早速場が殺伐とし始めた。
「あずきさんなんで来なかったの? それこそあの人も親族の出産を見る心持ちでしょうに」
アリスが場を取り繕おうと話題を変える。
ノンデリ発言がノンデリ発言を呼んで一波乱あったあとだ。なんとか立て直したい。
「いやさー、あの人愛情込めて育てた千紗が子供産まない宣言してるじゃん。ちょっと連れてくるのは酷かなあって」
「あー、幸せムードの中で死ぬかと思ったら……」
予想に反して中々に地獄だったと、という続きの言葉を呑み込む。
「それ全部言ってるようなもんだからね、アリス」
チクリと刺すように言うエイミー。
もう誰がボロを出してノンデリ発言をするかを伺う人狼ゲーム。
皆がやり返してやろうと虎視眈々と機会を伺っている。
「じゃあテリー井上!」
アリエルが凝りもせずに叫ぶ。
「テリー何処から出てきた。テリー格好良いけど」
「デリカシーがあるようにってデリーってつけようとしたけど同じ名前のカレー屋があるからテリーにゃ」
「なんか一気にスパイス臭くなるから却下」
「動機が名付けられた側にしてみれば不憫なので却下」
エイミー刹那共に却下。
「なんにゃなんにゃ姑二人して。じゃあ二人で案を出してみろってもんにゃ。あと次回から本当にあずエルでコンビ結成するからにゃ」
アリエルは憤慨したように言う。
エイミーは意外なことに反応しなかった。
昔はあんなにYouTube上の登録者の変動に敏感だったのに。
娘に追い抜かれたし一財産も築いたしで肩の力が抜けたのだろうか。
「本当にあずエルでやるにゃよ、謝っても遅いにゃ」
「しつこい、名前考えないならあっち行ってろこの駄猫。私今気分沈んでんの」
ローなエイミーというのもこれまたレアだった。
娘の出産という一イベントが片付き、その婿はノンデリ発言をし、そのノンデリ発言で旦那側の家族を責めていたら逆に私的な泥沼に陥った。
ちょっとお疲れなのかも知れない。
これは取り扱い注意だなあアリスと思う。
「じゃ、じゃあお姉ちゃんはなんて名前が良い?」
「ランスロット!」
エイミーの声が院内に響き渡った。
沈黙が漂う。
皆、黙っていた。
確かに格好良い名前である。
しかし現在にあったら中々にキラキラネームではあるまいか。
しかしアリスは反論の理由が思い浮かばずに考え込む。
「あのね、浮気の前科がある春武の息子に略奪愛の権化みたいな奴の名前つけるのどうかと思うの」
刹那が恐る恐る口を出す。
「伝承上のランスロット程強くなるなら是非一度手合わせ願いたい気持ちはあるけどね」
「良いじゃないー湖の騎士ー生涯不敗ー。略奪愛の権化って何よー。私のランスロットを馬鹿にしないでよ」
「姑の個人的趣味が入り過ぎで却下」
「じゃあ刹那と私で名前考えるのがそもそもアウトじゃない?」
エイミーは疑わしげに言う。
「じゃ、命名権は我にあり! なんせ夫婦の仲人みたいなもんよ!」
アリスはそう言って高々と手を上げる。
「孔明! 井上孔明! 今孔明! 賢くなりそう」
刹那が頭を抱えて沈み込んだ。
「あんたら適当に歴史上の偉人並べてるだけじゃない……」
流石に批難がましい口調になってきた刹那だった。
これが義理の息子の嫁側の実家だと思うと頭痛がしてきたのかもしれない。
「わかってる? 子供よ? 愛と、春武の。私たちの可愛い二人の可愛い子供よ。そんな適当に貼ってつけましたみたいな名前で良い訳?」
「それ言ったら遥香と岳志のコピペで春武じゃん」
「武田信玄のコピペで信玄君じゃん」
「その、信玄君の親は、ちょっとアレだから」
「遥香と岳志も今思えば結構安直にゃね」
予期せぬ反省会ムード。
さっきまでのお祝いムードは何処へやら。
お互いのネーミングセンスを貶すセッションはこちら。
「あー、あずき連れてこれば良かったにゃ。そしたら千紗は子供産まないって決めて良かったーって安心したと思うにゃ。嫁と旦那の実家同士で相談して結論が出ないなんて難問すぎるにゃ。これは天使のアリエルもお手上げにゃねー」
「アイタケ却下されたのそんなに悔しい? ねえ、悔しい?」
ローにな口調で人を責めるエイミーというのも本当に珍しいなあと思う。
大体のことは苦笑して流すか感情表現豊かに怒るのに。
やはり疲れが出ているのだろうか。
アリスも刹那も少々疲れてきた。
皆疲れているのか、空気は徐々に張り詰めつつある。
「アリエル傷ついたにゃ。本当に今後はあずエルで行こうっと。決定」
アリエルは体育座りをしてじめんにのの字を書き始める。
皆の視線が絡み合った。
「ガラハット!」
「呂布!」
「本当に転生してきたなら戦いたいけどねえ」
流石の歴戦の武神も疲れたらしくはいはいと流すムードに入りつつある。
「刹那は意見ないの? 批評ばっかだけど」
エイミーがトゲがある口調で言う。
「うーん、名前。名前ねえ。流石に命名権まで遥香さんから奪う権利はないと思ったし、春武に関してはノータッチだったのよね、私」
うんうん、と三者三様に頷く。
「けど刹那今実の子供いるにゃろ? なんてつけたの?」
「……鉄蔵」
一瞬の沈黙。
そしてアリエルの大爆笑。
「シワシワネームにゃ」
「……いや、鉄の蔵と書いて鉄蔵か? どういう由来だ?」
エイミーが訊きづらそうに言う。
「鉄の蔵のように家を守って欲しいなって。私は結構気に入ってるんだけどな。鉄蔵って。テツゾーってカタカナにしたら響き良いじゃん。そっか、シワシワネームかぁ」
自信を失ってきたのか徐々に言葉が弱くなっていく。
武神の弱点は息子にありと見たアリスは必死にフォローを開始した。
「良いね、テツゾー。ポケモンにいそうだ」
あ、流石にこのフォローの仕方は無かったわと慌てて言ってから気がついた。
空気が完全に凍っていた。
「アリス、謝罪しい」
エイミーにも大打撃だったようで低い声で言う。
「失言でした。ノンデリは私です」
「人狼がわかったわね」
「いやお姉には言われたくない」
「いいのよ、いいの。ポケモン。そっかポケモンかぁ……トゲピーとかヒトカゲと似た感じね」
「いや、けど私岳志と良くポケモンやってて色々名付けたよー。ポケモンの名前って格好良いよねー」
「お姉!」
刹那は完全にトドメを刺された風だった。
「ポケモン、ね。つくづく自分に自信ってものを失ったわ。今から名前変えれるかしら? 似たような名前が家族にいたら変えれるんだっけ? そしたらテツゾードットって名前の子を作ってテツゾーの名前変えて、ふふふ、本当ポケモンのバグ処理みたいね。あれ、そしたらテツゾードットの方の解決策を失ったぞ? おっかしいな。これがわからない」
「刹那。今の流れナシナシナシナシ!」
流石にマズイと思ったのかエイミーが復活した。
笑顔を振りまき感情表現豊かに刹那を抱き寄せる。
「私、テツゾーって響きが良くて馴染みやすいと思うな」
「ポケモンって馴染み深いもんね」
「テツゾーってなんか貫禄あって偉人になりそう。一財閥立ち上げそうな」
アリスも必死にフォローを試みる。
「シワシワネームだもんね。古い起業の創業者にありそうだわ、言われてみれば」
気まずい沈黙が場を支配する。
「良いの」
刹那は呟くように続けた。
「そもそも私に人のネーミングセンスを判断する権利なんてなかったのよ」
「皆そうよ」
エイミーが刹那の手を両手で包む。
「皆が皆思いを込めて名前をつける。愛情込めて名前をつける。そこに上下もシワシワもキラキラもないわ。皆立派な名前よ」
「じゃあアイタケで決定だにゃ」
「却下」
刹那とエイミーの声が低くハモった。
「それこそポケモンよ」
エイミーが一刀両断する。
「私ちょっと自信回復したかも」
刹那は涙を拭いながら言う。
「次回からこの放送はエイミーアウトであずエルでお送りします、だにゃ」
こうして井上家新生児命名会議はそもそも名付け親の権利がない人々同士で貶し合いとぼしあい匿名掲示板のような荒んだ空気を生み出したのだった。
ああ、人とはかくや醜いものなのか。
岳志と遥香が戻ってきたのはそんな時だった。
「なんだこの空気……めでたい席にあんまどんよりすんなよ。新米両親が不安に思うだろ」
岳志が呆れたように言う。
「ねーねー岳志。春武と愛の息子をアイタケにしようと思うにゃ。世界的シンガーソングライターが由来と聞けば皆羨むにゃ」
調子を取り戻したアリエルに岳志は益々呆れたような表情になる。
「お前ってホント駄猫だな」
沈黙。
どこかの匿名掲示板かここは。
気心のしれた仲というのも時には困ったものである。
「いいにゃ。どうせ私はあずきのプロデュースがなけりゃあ何も生み出せないただのダダダダ天使にゃ」
「ダダダダ天使の作詞家作曲家に謝ってこい。流石にアイタケとかいうマイタケの亜種みたいな命名をしようとするやつと同列にされたくないだろ」
相変わらずアリエルには冷たい岳志である。
「名前に関してだが春武と愛から相談を受けている」
岳志の言葉に、一同ざわついた。
「そうよ、当人達の意見を聞かないとー」
さっきまでの気まずい空気をなかったことにするかのようにエイミーが上機嫌に言う。
「だよねえ。当人達のいないとこで決めようとしてたのは間違ってたよホント」
アリスも調子を合わせる。そこは流石姉妹である。
キャロライン家はとかくしぶとい。
「ほら、刹那もアリエルも機嫌治してよ。当人達の意見を聞いてみようじゃない」
「あー、ちょっと私、ダメージでかいっていうか。あ、はは……育児経験はあっても命名経験は無かったか、私。おかしいとは思ってたのよ。紹介する時に保育園とかで相手の母親が硬直することがあるなって。そっか。ぜーんぶ繋がった」
「寿命が長けりゃ面の皮も厚いにゃ。私は今日のことは忘れない。あずきさえいれば他にいらないにゃ」
「命名経験はあるだろ」
岳志は呆れたように言う。
「多彩な技に名前つけてたじゃん、お前」
刹那の俯いていた顔が15℃程上向いた。
「春武があれ格好良いしイメージも良いって言ってるし、愛も是非世話になった刹那由来の名前が欲しいって言ってる」
刹那の俯いていた顔がまっすぐ前を向く。
「私の技の名前、格好良い?」
「うん、格好良いって春武が言うてる。それで是非息子の名前に欲しいって。自分からはねだりづらいから俺と相談して決めてくれって」
「なーんだ」
「じゃあ私たちは最初から対象外ねー」
キャロライン姉妹が胸を撫で下ろしたように引き下がる。
「私も無効化の光!で貫き通したのはどうかと思ってたのよ。やっぱり命名センスは刹那ね」
「私もやっとこさひねり出した名前がブラッドティアーズだもん。長すぎるし呼びづらいったら。やっぱ刹那さんね」
「私はこの日の屈辱を忘れないにゃ。あずきとともに次のステージへ羽ばたくにゃ」
一人沈んでいるアリエルは一先ず放置しておいて刹那の目に輝きが戻る。
「ね、岳志。私のネーミングセンスって格好良いかな? 春武も認めてる?」
「あ、ああ。格好良いと思うぞ。だから春武も欲しがったんだろうし」
沈黙が場に漂う。
育てた子が自分に命名をねだる。こんなに嬉しいことって中々ないだろう。
刹那のテンションが徐々に回復しつつあるのを感じて、キャロライン姉妹は胸を撫で下ろした。、
「な、なあ。本当に俺達がいない間に何もなかったのか? なんか雰囲気が祝いの場にふさわしくないというか。今にも苔生えそうやつもいるし」
「じゃあ、私が技名を一つ上げるから、いけるかどうか岳志が決めて」
「良いぞ」
「鮮烈な火と書いて鮮火。センカなら響き的にもそんなに悪くないし、字面的にも華やかになると思うんだけど……どうかな?」
キャロライン姉妹は口にチャックをして互いの目を見た。
自分の息子にもそれをやってあげていれば今頃は……と思っているのが互いに察し取れたが、口に出したら再び泥沼だ。胸にしまった。
「鮮烈な火か。花火みたいで景気良くて良いな。じゃ、それ採用でいいか?」
刹那はうんうんと大きく頷く。
「良かったー。私、自分の名付けにちょっと不安覚えてたところなんだ。けど、今の人のセンスには刺さるんだねえ」
「刹那は実際技名考えさせたら強い。短いワードでわかりやすく伝えてくれる」
(鉄蔵もわかいやすいよ、たしかにわかりやすいけど……)
(テツにクラって誰かツッコまなかったのかなあ。ちょっと無骨すぎるよって。きっと鉄蔵くん鮮火くんの名前見て将来的に比較して絶望しちゃうよ……華やかさがダンチだ)
(グレないかな)
(いくら育成に実績がある刹那さんでもこればっかりは恨まれそう。実の親子って本当難しいわね)
テレパシーで会話をしていた姉妹だが、アリエルの思念が目ざとく察知して触手を伸ばしてきたことに気づいて慌てて中断した。
せっかく刹那のメンタルが復活してきたところだ。
ツッコミを抑えるキャロライン姉妹だった。
それから数時間後。
「センカ。貴方はセンカよ」
そう言って上機嫌に赤子を抱く刹那の姿。
それをガラス越しに見守るキャロライン姉妹、と苔の生えた駄猫。
「お姉ちゃん」
「なあに?」
「孫の名前決まって良かったね」
「そうだねえ」
沈黙が漂う。
「相談とツッコミって大事だなって思ったな、私」
エイミーのつぶやきに、しみじみと頷くアリスだった。
「孫に鉄蔵って名付けられたら、多分私、慣れるのに年単位でかかる。鉄蔵くんには悪いけど、悪いんだけど!」
「じゃあアイタケのほうがマシだにゃ?」
「もういいから、アリエルは、今日はゆっくり休もう。寝たら嫌なことなんて忘れるよ」
「私帰りは別の便で帰らせてもらうにゃ」
ここでキャロライン姉妹と決別したと見せかけて次の日にはすっかり忘れているのがアリエルらしいったららしかった。
つづく




