ダディになる日10
試合後のヒーローインタビュー。選ばれたのはやはり春武だった。
七回無失点一本塁打三打点の大活躍。
信玄にホームランスレスレのファールを打たれた時はヒヤッとしたが、春武の全盛期が信玄の今を僅かに上回った感じだ。
(しんどー……)
本当、ギリギリの戦いだった。
勝負がもつれ込んだらもう一回このマウンドに立つのか。
それをイメージしてげんなりとする。
しかし今は、それよりも語りたいことがあった。
ヒーローインタビューの壇上に上がり、マイクをひったくる。
「ファンの皆さん、今日も来てくださってありがとうございます。熱狂的なカブスファンの皆様に愛されて私はここに立っています。ただ、今日だけは私事を優先させる私を許してください」
息を吸って、吐く。
そして微笑んだ。
「試合中、通訳から連絡がありました。愛が無事出産を終えたサインです。私は一刻も早く愛のもとに向かおうと思います。そして、愛すべき我が友晋太郎も同じく父になりました。今日は本当に嬉しい日です。勝利を待っている家族に捧げられた感謝を皆様に!」
喝采が上がる。コングラッチレーションという言葉が、ハルタケーシンタローと名前を呼ぶ声が飛び交う。
春武は帽子を取って高々と掲げると、その場を後にした。
+++
病院を駆ける。
院内は駆けないで、と鋭い注意が飛んでくる。
「息子が産まれたんだ! 妻がやったんだ!」
飛び跳ねながら言うと、まったく、と言った感じで相手は苦笑して黙り込んだ。
「先輩すっかりアメリカナイズっすね」
早足でついてくる晋太郎。
律儀な奴。
「こんな時ぐらいお前も感情を解放して良いんだよ! やったーってな!」
そう言って万歳を飛び跳ねる。
「日本だったらぶっ飛んだにーちゃんにしか見えないっすよ、それ」
晋太郎は呆れたように言う。
「なに、お前、感動とかないわけ?」
「育児は妻がやってくれるし俺はオフシーズン以外関われないし。そんなに変わんないすね。夜泣きの相手して成績落としたらそれこそ家族を養えなくなるんで」
昔の親父もこんな感じだったのかなーと少し思う。
良くも悪くも合理的。
「俺は二人体制でやるぞ。育児疲れを馬鹿にしちゃいけない」
「あのラスボス、家政婦に家事全部任せるわ野球の知識は覚えないわいつまで経ってもソーメンすら作れないわで本当一人暮らしどうやってやってたのってレベルなんすけどね。その分育児はしっかりやってくれると期待してます。最近の休日は俺が食事作ってんすよ。唯一外で働いてる、俺が」
あー倦怠期なのね、なるほどね。
不妊治療してる間に情熱冷めちゃったんだ。
けどうちは元が平熱だからね。
こんな時ぐらいは爆発するのだ。
そんなことを思う。
再び、駆け出す。
そして、愛の病室に駆け込んだ。
少しやつれた表情の愛と、傍のベッドに寝かされた赤子。
「この子か?」
「うん。ごめんね、春武。腹にメス入れた」
「難産だったんだな。連絡中々来ないからやきもきしてた」
「それでややこしいことになったみたいでね」
「うん」
「全身麻酔して意識失ってがーって寝て。ついさっきなの、起きたの」
布団に身を隠しつつ言う。
「あ、じゃあ試合とか見てなかった感じ?」
あの熱狂を共に味わったと思っていたのに。
あの打線相手にヒリヒリする戦いをしたというのに。
愛を勇気づけようと普段より活躍してまさに野球人生のピークを体現したのに。
全部見過ごされてた感じ?
「うん、ごめんね、後から見るね」
「一世一代の出来だったんだけどなー。そっかー見てない感じか。そっか」
「ごめんて」
「いや、愛は一仕事してくれたよ。難産、本当に辛かったろ」
息子の姿を見る。
愛の面差しがある。
キャロライン一族の血だ。
「こいつ、女たらしになるぜ」
「ふふ、私に似たらそうかもね」
「俺に似たら?」
「まあ実際に蓼食う虫もなんとやらと言いますから」
「その蓼食ったの誰だよー」
「小さい頃から見てたら慣れちゃったのよね。野球してない春武なんてちょっとハイとローの切り替わりが激しいあんちゃんだもん」
「情緒不安定って仰りたい!?」
「そういうリアクションとかねー」
悪戯っぽく微笑んで言う愛である。
「で、二人目、いつ作る? 今度は俺も立ち会うぞ」
あ、地雷踏んだ。
そうと直感できるぐらいに、愛から殺意を感じた。
「散々苦労して何時間も意識朦朧とさせてへろへろになってる妻に二人目だぁ……?」
低い声が響き渡る。
「あ、あの、愛さん?」
以降の発言は放送禁止ワードの連続でとても公にできたものではない。
這々の体で病室を逃げ出し、皆の下へ舞い戻った。
愛が機嫌を治したのは数時間後だった。
「二人目か、それも良いかもね」
「母さん、どんな魔法使ったの……?」
交渉役を買って出た刹那に恐る恐る小声で問う。
「春武に夫婦関係の秘訣を教えてあげる。こればっかりは教えてあげられなかったからね」
「うん」
「姑は使えるうちに使え、使えるうちは使われるな、よ」
「姑が言うと心強いが世間の姑からは脅威だよそれ」
「嫁側に姑に気を使わせるような状況はそれこそ最悪ね。旦那の失策だし離婚の遠因よ」
溜息混じりに言ったが、愛が機嫌を治してくれたので良しとする。
刹那は春武の表情を確認すると、Vサインを作って去っていった。
「今日は記念日だな」
春武は微笑んで言う。
赤ちゃんは連れて行かれたのか姿が見えない。
「なに言ってんのよ」
呆れたように言う愛。
「あんたの息子の誕生日よ。忘れないでね」
「……WSの時期はずらすべきだったかな」
「良いんじゃない?WSの観戦チケットがプレゼントになって」
愛はからかうように言う。
「気軽に言ってくれるなあ」
「もうしばらくは今年クラスの活躍しないと駄目になっちゃったわね、春武。引退も中々出来ないわよ」
「親父が現役にしがみついた気持ちがなんとなくわかった。けどなあ、俺も晋太郎も今のメンツもそろそろピークなんだよなあ」
苦笑交じりに言った春武だった。
「今日から貴方をダディと呼びます」
「へ? 俺? ダディ?」
「私はマムね」
「……アメリカンに育てるのねえ」
「教育環境の警備体制はこっちのが進んでるし」
「イエッサーマム」
そう言ってふざけて春武が敬礼すると、二人して笑った。
「強くあってね。ダディ」
「お前と息子がいるならお安い御用さ」
胸を張って言えた。
+++
「いや、マジですまん」
「愛かわいそー」
「本当うちの息子がやらかして……」
岳志はエイミーに深々と頭を下げる本気の謝罪。
「女性の扱いに関しては私の教育にも不備があった。反省する」
刹那も小さくなっている。
「あんなホラーみたいな状況で数時間耐えた愛に、その苦労も考えずにすぐに二人目はいつにする? はちょっとデリカシーがないと思うなあ」
いつもは春武よりのアリスも今回ばっかりは苦労を見ているので嫁側だ。
「ほんと井上の家系って基本ノンデリね」
エイミーが追撃する。
キャロライン家の総攻撃だ。
あ、地雷踏んだ。
刹那はそれを敏感に察知取った。
「人がやめろやめろ言うてるのに他の男との交流録送り続けたお前が言えたことか? お前こそノンデリの総本山だろ!」
「岳志の懐の広さを信じてたんですー。地域を敵に回してまで私を守ってくれた王子様だったんだもん!」
「もういい加減孫も産まれたんだしその因縁話から脱しなさいよ二人共……嫁の立場で旦那とその元カノの痴話喧嘩聞かされるの結構我慢してると思うんだけど……」
遥香が額を抑える。
「エイミーはいつまでも若くて良いわね」
「嫌味?」
「若干。ちょっと春武の失言とあんたらの痴話喧嘩でどっと疲れが来た。ちょっと休憩してくるわー」
ふらふらしつつ去っていく遥香。
初孫誕生で無邪気な童顔に戻っていたのが何年も昔のことのようだ。
「あのね、岳志さんとお姉ちゃんについては私が公平にジャッジ下してあげる」
アリスが間に入る。
「二人共基本ノンデリ。井上の血を春武クラスまで抑えたのは刹那の努力の成果よ」
「んーな血筋ごと否定せんでも……はあ、俺も疲れた。遥香のとこいく」
「私なら」
アリスはとぼけた調子で言う。
「こういう時はちょっと考える時間欲しいな」
「冷静にさせたら離婚届飛んでくるの! 孫も産まれたしもういいやってなりそうじゃん!」
「自覚あるんだー」
アリスの言葉が岳志に突き刺さる。
岳志はよろよろと去っていった。
「そういやあの出来たてほやほや両親、大事なことは考えてるのかしら」
「大事なこと?」
エイミーがアリスの肩を抱き寄せる。
「なによ、教えなさいよ」
「初歩的なことなんだけどね。今年春武絶好調で仕事に熱中してたからもしかしてって」
「もったいぶるなあ」
「春武と愛の息子の名前、聞いた人いる?」
「あ」
その場にいたアリス以外の全員が異口同音に発した台詞だった。
つづく
この回はここで終幕




