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コンビニで貰った特別クーポンを使ったら大変なことになった もーっと恋愛編  作者: 熊出


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ダディになる日9

(あーピッチクロックは風情がないねえ)


 ぼやくように思う。


(もう少し検討を重ねたいところだぜ)


 今年の信玄の打撃は異常だ。

 内角外角高め低め問わずホームランにする。

 ストライクゾーンに投げること自体が投球ミスとまで言われている。


 サインが出る。

 セットモーションから、投げた。


 内角高めへのストレート。

 獣のようにニヤリと開く口元。


 破壊音が鳴り、打球は高々と飛んだ。


(一球目からあんな捉えるかよ)


 呆れ混じりに思う。

 そして、信玄と勝負する度に実感するのだ。


 ああ、互いにメジャーの舞台にいるのだな、と。

 メジャーでの野球人として一番燃える瞬間。

 それが信玄との60フィート6インチ間で交わされるやり取り。


(けど今回は俺もキャリアハイだもんでね)


 信玄はバットを地面に叩きつけつつ駆け始めた。


(こっからは互いに下り坂となるか、それともビルドアップしたお前の時代になるか)


 晋太郎が落下点に入りボールをキャッチする。

 信玄のバットは根本から折れていた。

 これではいかに怪力でも無理だ。


(一先ず一回り目は俺の勝ちだぜ、信玄)


 焦りがあった。

 陣痛が始まってから随分経つ。

 なのに、ベンチに居る通訳は連絡無しのサイン。


 どうなっているんだ?

 そんな不安を払拭しようとするかのように、眼の前の勝負に燃えた。



+++



 瑠奈は瑠璃を連れて球場に来ていた。


「そっか、春武君、やっぱり凄いんだ」


 呟くように言う。


 今年、信玄の異常な成績をいつも見てきた。

 だから、バットを折られてもスタンドまで入らないと言う状況が逆に非常事態のように思えた。


「今の、パパの負け?」


 瑠璃が目をまんまるに広げて言う。


「うーん、それもかなり分の悪い負けだねー。一球しか球筋見れなかったから」


「じゃあ、パパ、負けるの?」


「ううん。今年のパパは凄いのよ」


 予言めいた口調で瑠奈は言う。


「打線にいるというだけで相手をコントロールできるの」


「コントロール?」


「そうよ、そのうち見えてくるはず……春武君が完璧でありえないように」


 瑠璃を優しく撫でると、瑠奈は前を見た。

 二人共立派になったなあ。


 京子は出産で来ないとのことなのでちゃっかり来ている瑠奈なのだった。



+++



『オーマイゴット! ハールーターケー、二者連続ファーボール。序盤から大乱調だ!』


『信玄抑えて気が抜けたね。近年のメッツは信玄だけじゃない。上位打線は皆OPSは高い』


『四球を選べる打者が近年の良い打者の条件だ。その分打席を減らして進塁できるからね』


『殿堂入りしたイチローはそう考えなかったようだよ?』


『彼みたいなタイプはもう現れないかも知れないね。足も速いし難しいコースもヒットにする抜群のバットコントロール。フライレボリューション以降はもうパワーとパワーの世界さ。春武も打率は良いけど安打数はイチローのそれの半分行くかどうかだろうね』


『ただ彼は勝負どころに強い。打点王だからね』


『さて序盤から勝負の別れ目だよ。ここで踏ん張れるか、春武』


「今の聞いてわかる?」


 エイミーがぼやくように言う。


「さっぱり。OPSってよく聞くけどなあに?」


 アリスがとぼけた調子で返す。

 すっかり関心がパネルフォンに移っている。

 愛は必死にいきんでいるのに。


(それでも実の母かよぉ!)


 心の中で叫ぶ。マイペースすぎんだろ。

 その時、優しい感触に肩を包まれた。

 遥香と刹那の手だった。


「大丈夫、大丈夫。一旦肩の力抜いて」


「難産だね、大丈夫。私もそうだった」


「帝王切開に切り替えますか?」


「え、腹切るの?」


 医師の声にアリスが青ざめた表情で言う。


「こわー私子供産むの絶対やだ」


「愛が異様に難産なだけで普通三十分ぐらいでつるんと出るわよ。けど帝王切開ねー。跡残るけどどうするー?」


(呑気だなおい!)


「一旦休ませてあげてください」


 刹那が言う。

 医師は頷くと、愛に声をかけた。


「ちょっと力を抜いてー。リラックスリラックス。ラマーズ法は維持してー」


(あーもう。予備知識がママの三十分で出たってやつしかないからとんだ想定外よ!)


 思わず怒鳴り散らしそうになるのを必死に堪える。

 それではいつぞやの春武の二の舞だ。


 あの顛末を思い出して苦笑する。

 あの時は春武も落ち着かなかったのだろうなあ。


 あの時に比べて今のピンチはどう? 春武。

 あんたの嫁さんと子供もピンチです。

 心の中でそうぼやいて小休止する愛なのだった。



+++



 気が抜けた。

 それは確かだ。

 それでも際どいコースだった。

 チャレンジを使うか考えたが躊躇った。


 失敗できる上限がある。こんな序盤から使うのは勇気がいる。

 それに。

 信玄の残した残像が、ストライクゾーンから春武を無意識のうちに逃げさせたのは事実だ。


(あー本当仕上がってやがる。キャリアハイって奴はよ)


 考えがまとまらないままピッチクロックの数字が減っていく。


(本当ピッチクロック風情がない。本当投手の敵。後可変式審判は絶滅しろ!)


 心の中で怒鳴り散らし続ける。

 最早平常心ではない。

 ストライクと思った球を三球は損している。


 信玄は信玄で最低後二回は回ってくるし。


 けど子供が産まれてくると思えば、踏ん張れる。

 春武は、最速の球を四方に散らしてストレートだけで二者三振を取った。

 スリーアウトで攻撃はカブスに移る。


「ハルタケ、今日のファストボールは絶品だな。ホップしてくる感じだぜ」


 キャッチャーのジョージが声をかけてくる。


「ありがとよ。それでバットも折れたのかな」


 ピーク中のピーク。

 そんな感覚が、春武の中にあった。


 一回の裏。打点王の春武に打席が回る。



+++



「やっぱり凄いなあ、春武君」


 信玄を抑えた後にぼろぼろと崩れていく投手を何度も見てきた。

 いるだけで残像を残す。

 それが信玄の存在感。信玄の影。


 逆に、信玄と勝負を避けて、その後の強力打線に捕まるというケースも何度も見た。

 二者連続四球を出したものの傷を負わずに終わらせるだなんて。


「そんなに凄いの? あの春武って人」


「凄いよ。パパが球界最高の打者ならね、あの人は球界最高のピッチャーなの」


「ふーん」


 感心したようにいう。


「あの人も日本人?」


 晋太郎を指さしていう。


「そうよ。パパの後輩でライバル」


「かっこいいね、あの人」


 何処かで聞いたセリフに背中がぞわりとする。


「あの人は駄目よー。怖い猛犬がついてるからね」


「きゃっ」


 想像して怖くなったのか瑠奈に抱きついてきた瑠璃だった。


(出産の方は大丈夫かなあ……)




+++



「帝王切開に切り替えます」


 意識がはっきりとしてきた愛はそう告げていた。


「跡が残りますが、かまいませんか?」


「はい」


「書類に御本人か親族の方のサインを」


「はい。ママ、パネフォ見てるだけなんだから手動かして」


「うん。春武格好良かったよー。ストレートだけで三振二回」


「聞いてたよ」


 苦笑交じりに言う。

 強力メッツ打線に強気なリードだ。

 それだけストレートが走っているということだろう。


 逆に言えば、それ以外のボールにそこまで信頼を置けていないのか?

 そんな疑念が脳裏を過ぎる。


「今日はストライクゾーン際どいところばっかり攻めてボール取られてる気がする。コントロールが良すぎる弊害だね」


 刹那が淡々と解説する。


「岳志入れる? 解説ならプロが一番だよ」


 エイミーが呑気に言うものだから愛は呆れた。


「そのマイペースさとデリカシーのなさがママが選ばれなかった原因じゃない?」


「あ、いた。胸が痛い」


「まーだ引きずってるのかにゃ」


「一応婦人も同席してるんだけどねえ……老けたし互いに子持ちだしそろそろ割り切ってほしいもんだわ」


 複雑な表情でそういう遥香だった。



+++



 打席に立つ。

 首位打者、打点王、二冠に輝いた。

 今年の春武は、例年より上のレベルの打者だ。


 しかし、脳裏に雑念が過ぎる。

 今日はやけにピッチクロックが気になるのもそれ。

 チャレンジを使えないのもそれ。

 信玄との勝負以外は今ひとつ勝負にのめりこめていない。


 ベンチの通訳のサインが気になる。

 絶好球が来て思わずひっぱたいた。


(速すぎた……)


 しゃがみこんで悔いる。

 自分のスィングが自分のイメージより遥かにシャープだった。

 結果、白球は三塁線を切れてファールゾーンへ。


(ほんと、ピークにいるなあ)


 呆れ混じりに言う。

 調子が良すぎて嘘みたいだ。


「春武さーん!」


 通訳の声がする。

 大きな丸を手で作っていた。

 目を見開く。

 その瞬間、空がいつもより綺麗に見えた。

 もう誰にも負けない。そう思った。


(空綺麗。今まで空もろくに確認してなかった? マジで?)


 相当ギリギリのところにいたんだなあと思う。

 肩の力も、抜けた。

 これで試合に集中できる。


 相手の二球目は、春武も得意とする高速シンカー。

 その動きが、止まったように見えた。


(ほんっと、絶好調)


 打撃音が響き渡る。

 二塁ランナーが走り始める。


 白球は放物線を描いてスタンドへ。

 歓声の中を春武は片手を上げて走っていた。


 父親になったんだ。

 愛頑張ったんだ。

 そして母子共に無事なんだ。


 そう思うと、なんだか視界が緩んだ。


「泣いてるんすか?」


「お前は落ち着いてるなあ」


 ネクストバッターボックスで出迎えた晋太郎はきょとんとしたような表情だ。


「あ、うち最初から帝王切開って決めてるんで。出産ももう終わりました」


「あ、そなの。感動とかないわけ?」


「いや、嬉しいっすよ? やったー! みたいな。不妊治療から長かったなあ」


(かるっ!)


 気を削がれたが、ヘルメットを取って高々と掲げる。

 今日の空も、今日のファンも、今日の同僚も、最高だ。




つづく

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