ダディになる日8
「映像では見てたけどよ」
ベンチで隣に並ぶ晋太郎に話しかける。
「あいつ、また一回り大きくなってないか」
元々巨漢の信玄の体躯がまた一回り大きくなった。
MLB一年目と二年目の松井選手のさを彷彿とさせる。
その年、確かに松井選手は30本を打った。
「あいつあんなに筋肉つけて故障なしかー。すっげえ頑丈にできてんな」
「突然変異ですよねー。高校の監督が守備難でも欲しがった理由もわかります。見る人が見ればわかるんだろうな」
晋太郎は渋い顔で言う。
「ちょっと差、つけられちゃったかな」
その背を春武は叩く。
「お前は一年歳下だしメジャーを代表する長距離砲の一人だ。十分だよ」
「けど自分、天辺取りにここに来てるんで」
その負けん気の強さは春武も気に入っている。
そうでなくてはここまではこられないだろう。
大型契約を取った途端に隠居のような生活に入る選手とはわけが違う。
彼と春武という中核が育ち、切磋琢磨を続けたからこそ、今日の常勝球団がある。
「甲子園の時は心強い味方だったが」
春武はそこで言葉を切って苦笑する。
「正直、あいつ相手にストライクゾーンに投げるのは毎回怖いよ。パワーもあるし感覚型だからこっちの駆け引きも通じねえ」
「何言ってんすか。短期決戦のあんたは特に凄いんだから」
晋太郎は握り拳を作る。
「めっためたにしてやってください」
「おう」
その時、ポケットにいれていたパネルフォンが振動した。
陣痛の始まりを告げるサインだった。
試合の準備は着々と進みつつある。
信玄と目が合う。
互いに意識しているのがわかる。
お互い、不敵に微笑んでいた。
今の俺に勝てるかな? そう探り合うように。
+++
「あら、貴方は来ないの?」
分娩室の前で遥香はからかうように言った。
岳志は憮然とした表情になる。
「これ以上春武に恨まれたくない。釣りバカ日誌でもすーさんが散々恨まれてた」
「冗談よ。ここからは女性の園だから」
刹那と笑いあって室内に進んでいく遥香だった。
「男は留守番にゃ。辛いにゃね」
すっかり世界的な歌手になったアリエルが含み笑いを浮かべながら言う。
「信玄経由で聞いたんだけどな」
「うん?」
「瑠奈ちゃんが言うにはお前もう一昔前の歌手だそうだぞ」
「愛みたいに好んで聞いてくれる若人もいるから良いにゃ。負け惜しみはみっともないにゃ」
そう言って愉快げに笑ってアリエルは室内に入っていく。
「じゃ、岳志さん。自分もけしかけた手前があるんで」
申し訳な下げにアリスも先に続く。
エイミーが、岳志の隣にたった。
「緊張するか?」
「多少。岳志は?」
「俺はしてる。かなり」
「自分の子供と接して随分変わったね、岳志。春武が生まれた時すました顔で試合してたのに」
「歳を取ると感情の振れ幅がなあ」
そして、改めてエイミーを見る。
「お前は老けんな。アリエルとアリスもだが」
「それぞれ神、天使、悪魔のトリオだからねー。結局最期まで残るのはこの三人なんじゃないかな」
「寂しくは、ないか」
最近、死について考える事が増えた。
白髪頭になり、運動機能も低下し、肉体が日に日に死に近づいているのがわかる。
産まれた時から始まったカウントダウンがついに残り少なくなってきたかと言った感じ。
だから人は紡ぐのだと、痛感した。
その輪からはみ出した人間はどうなる?
答えは100年生きられるかどうかも怪しい岳志には想像もつかない。
同じ幼馴染でも、随分と生き方に距離ができた。
「……その時になったら考える。老けていく貴方達を見つつそれを考えるのは、少々辛い。今が私って人生の祭りのハイライトだ」
エイミーは少し寂しげにそう言うと、室内に入っていった。
その背中に、手を伸ばしかけて、辞めた。
彼女の手を取る役割はかつての自分のものだ。
今の自分には妻子がいる。
「あーっ。俺も随分遠くまで来たねえ。極まってるって感じだぜ」
小声でぼやくように言う岳志だった。
どうせ室内には届かないだろうし、周囲に日本語など通じていないだろう。
+++
愛は苦しんでいた。
痛い。
尋常じゃなく痛い。
本当に麻酔は打ったのか?
本当に科学の技術は進展したのか?
本当に人類は前進しているのか?
SDGsは果たされているのか?
思考はあちこちに飛び時に曖昧になる。
「はい、お母さん、いきんで」
「あーっ! あーっ!」
「愛ちゃん、教えたでしょ。ラマーズ法、ラマーズ法」
「おっかしいなあ。愛は麻酔効きづらい体質なのかな……私の時はすんなり出たのに、もう一時間ぐらいいきんでない?」
「私、こんなに怖いなら、子供作るの辞める……」
「子供生んでる妊婦に唐竹持たせたら割っちゃうそうにゃよ」
飽きてきたのか雑談に話が飛んでいる付添人。
(ホンットズレてるこの人達。変に非日常慣れしてるっていうか。私はこうはならない! 私も私の息子もそうはならない!)
良い反面教師になってる側面は否めない。
「愛ちゃん、春武の試合開始だよ」
静観していた刹那が言う。
「春武も、頑張るよ」
その一言で、気合が入った。
非常識人ばかりがそろう親世代。
その中の癒し枠、刹那。
今は春武とのつなわたしは彼女と産まれてくる子供だけだった。
「せつな……さん」
「うん、なに? 愛ちゃん」
「しあい・・・けいか・・・おし・・・えて・・・」
「中継、オンにするね」
「はい、お母さん、もう一度いきんで」
「痛いー痛いー痛い痛い。早く麻酔ー、麻酔ー」
京子がうめきながら廊下を案内されていくのがわかる。
同日か。
愛は目を見開く。
運命じみたものを感じずにはいられない愛だった。
『第一試合先発はハールターケイーノウーエ。今年のポストシーズンここまで無傷』
実況が始まる。
『三球三振に仕留めた! 今年の春武は精度がダンチだ! そしてなんてこった、出てきたぜ最強のモンスターが! パトリオット信玄ー!』
『ハハハ、野球少年がそのまま大きくなったって感じだな。互いに獲物を狩る獣の目をしているよ』
ついに、二人の勝負が始まる。
「はい、お母さん、いきんで」
(私も頑張ってるよ、春武!)
二人で今日という日を乗り切るんだ。
二人で祝うんだ。
勝っても負けても、息子に誇らしい一日を。
つづく




