ダディになる日5
「刹那は俺を育てる時、なにを考えてた?」
「まずね、一目みた時に惚れた。可愛いって。心持ってかれたね」
自分のことだから照れる。
「だから遥香さんに交渉したの。岳志は拠点を関西に移すし良かったらこっちで教育役を買ってでましょうか? って。遥香さん東京でかなり偉い役職にいたからね、当時既に」
「うんうん」
「そしたら仕事に集中したいから良いよってあっさりオッケーもらえちゃって、責任重大だあって。ともかく曲がらないように育てようって思ったね」
「その曲がらないコツってのがピンと来ないんだよ」
春武は苦笑する。
「それで昨日も錯乱状態に陥ってなー。息子はドラッグ中毒者になるなるって会話ループして。結果醜聞になっちゃった」
「確かに金のあるところに悪い人は集まるからね。その点、確かにアメリカの豪邸と日本の地方都市の六階道家とは環境が違うと思うわ」
「だろ? やっぱ俺の息子、ドラッグ中毒者になるのかな」
「春武」
刹那は静かな表情で言う。
「これから出産するのは愛ちゃんよ。子育ても愛ちゃんにかなり依存すると思う。あんたがヘラっててどうするの。支えれるぐらいの精神状況じゃないと。所帯持ちなんだから」
痛いところを突かれた。
たしかに最近過敏になって、それに影響されてか愛もピリピリしていたように思う。
「冷静になりなさい。貴方の息子はドラッグ中毒者にならないわ。それにしても、もう息子って決まったの?」
「……いや、決まってない。悪い、まだちょっと冷静さを欠いてるみたいだ。晋太郎の言う通りカウンセリングに頼ったほうが良いかもな」
「その前に育ての母を頼った貴方は英断よ。頼れる身内は頼れる内に頼っときなさい。あんたより先に死んじゃうんだからね」
ぎくりとした。
最近親父が目に見えて老いているのは明白だ。
「なんかあらためて人の親になって、育ての親と話すと、勉強になるな。さっきからいかに自分が浮足立ってたかわかりやすく思い知ったよ」
「信頼関係あってこそよねー。私にとってはあんたは永遠のクソガキだけどね」
「酷いな」
思わず苦笑する。
「だって私、あらゆる手段をかけて育てたつもりだったのに、あんた子供の頃、愛ちゃん玩具で殴って泣かせたのよ。あの時はエイミーさんに平謝りだったんだから」
「えー……全然記憶にない」
「その時私が意識したのは、怒鳴る、と叱る、を分けること。失望する、と躾ける、を分けること。そういうのって子供は敏感だからね」
「あー。千紗の件を聞いてるとつくづく感じるなそういうのって」
しみじみと思ったことがある。
「俺、本当に大事に育てられたんだなあ」
「六階堂家の秘蔵っ子よ。貴方が世界で活躍して、母さん胸が一杯よ。最高の孝行息子だわ」
刹那は誇らしげに言う。
「そんな母さんが育てた貴方だから、自信を持ちなさい。良い旦那さんになれるって」
「刹那母さん」
「なに?」
「もっと俺が子供の頃のエピソード、聞いても良いか。参考にしたい」
刹那は苦笑する。
「あんたのクソガキエピソードにはほんと枚挙がないわよ。自己肯定心ツヨツヨの乱暴者だったんだから。私も手を焼いたわ」
「晋太郎には人格者って言われるんだけどなあ」
普段は、という注釈付きだが。
「その自己肯定神が強いって言うのは実は大事なことでね。肝心なのは暴力と成果を結びつかせないこと。子供だからって馬鹿にしないで対話して、納得させること。そして愛情を失わないこと。大事なのは、愛よ」
「愛、か……」
呟くように言う。
「そういや俺の奥さんの方の愛も、母親には散々愛されたって言ってたな」
「エイミーさんも、愛情に飢えた幼少期を育ってたからね。反動でしょうね」
「じゃあ刹那はなんでそんな強い反動を俺に持ったんだ?」
「ああ、そこ、結びつけちゃうかー。それはね」
会話は、長く続いた。
途中、刹那の旦那らしき人物の昼食を求める声なども混じったが、軽くあしらわれていた。
「上手くやってんだ」
苦笑交じりに言う。
「っそ。そっけないぐらいが長続きのコツよ」
「刹那はどっちかってーと愛よりの立ち位置だな。意外」
「母親であることと妻であることは勿論使い分けるわよ。悪妻賢母ってね」
「悪妻じゃ駄目だろ」
「あの人が私より強くなったら良妻になることも考えましょう」
「旦那さん自信なくしてそのうちノイローゼになっちまうぞ」
大真面目に言う。
「そんな弱い男ならいくら行き遅れてても旦那にしません」
なんだ、良妻じゃんか。
苦笑する春武だった。
その後も、色々なことを聞いた。
小さいうちからスポーツをさせる重要性。
学ぶ週間を身につけさせることで繋がる自己肯定心の強化。
自己肯定心と自惚れの違い。
優しさは何処から来るか。
創作品の裏にある作者の思想に触れることの重要さ。
娯楽から得られるリラックスのコツ。
どれも、当たり前のことだ。
けど、その当たり前のことに自分は思い至らなかった。
明確なビジョンが描けなかった。
一通り話を聞いた後、溜息混じりにつくづくという。
「俺、親になるんだな」
「やっぱ空回りしてて実感なかったか」
苦笑交じりに言う刹那だった。
「見透かされてた?」
「親になるって人の行動じゃなくて、親になるかも知れなくて不安だって感じの思考ループだったからねえ」
「良いカウンセラーになれるよ、刹那。少なくとも俺はスッキリした」
「これからもたまには電話かけなさい。母さん久々にあんたの声聞けて嬉しかったわ。けど、子供が出来た件については岳志経由じゃなくて直接訊きたかったなあ」
「刹那にも家庭があるからな。ちょっと気後れしてた」
「忘れた?」
刹那は画面に触れる。
愛おしげに。
「私は貴方のもう一人の母さんよ。それはこれからもずっと変わることはないわ」
大事にされて育った。
もちろん、刹那の教育論は全てが正解ではないだろう。
しかし、大事に思い、試行錯誤した。
その結果、曲がっていない俺が出来上がった。
自分も同じことをすれば良い。
前の代に与えられたことを次の代に。
「俺、しっかりした大人になるよ」
「うん、人間ってね。恋愛して角が取れて、親になって大人になるんだと思うわ。散々試行錯誤なさい。じゃ、そろそろ旦那に昼飯作ってやるかぁ」
「腹すかせてるよきっと」
「馬鹿よねー。うちにはメイドの里美がいるんだから頼めば良いのに」
「愛妻料理にこだわってるんだなあ」
しみじみと思う。
「上手く行ってるんだ」
「そよ。上手く旦那操縦してる。私は幸せになるわ。だから、貴方も幸せになりなさい」
満面の笑みで頷いた春武だった。
久々に話した育ての親の声は、浮足立っていた春武の心を落ち着かせた。
思い返す。
六階道邸の庭。
春武に本を読み聞かせる若き日の刹那の姿。
(ほんといい女で美人で……自慢したかったよ)
その頃は母親呼びは許されていなかったのだよな、と苦笑する。
貴方には産みのお母さんがいるから、私をお母さんと呼んじゃ駄目。それは罪なことだわ。
その言葉、一言一句覚えている。
教育の権利を奪った。その事実は刹那を強く絡め取った。
英才教育がその反動だから、皮肉なものだと思う。
その刹那は今、自分の実の子を可愛がっている。
そして、春武も親になる。
取り敢えず今日は愛を労って、晋太郎に謝って、事態の説明をしよう。
そうと思うと行動は早かった。
つづく




