ダディになる日4
「井上春武乱心!? ロッカールームでドラッグ連呼。常習者なら懲役かつ選手資格永久剥奪も。栄光の道を歩んできた二刀流二世に今一体何が起きているのか……だってよ」
親父が呆れたように言う。
「日本で件の週刊プレミアムがもう記事にしてるんだわ。本国はもっと大事じゃないか?」
「誰だ漏らしたやつ……」
一晩経って冷静になった春武は、流石に反省していた。
パネルフォン越しに親子は会話している。
「春武よー」
「なんだ?」
「お前、ドラッグやってんのか?」
「やってねえよ」
「そうだよな。刹那がそんな教育したわけねえよな」
そう、春武を育てたのは六階道刹那。春武の義理の母とも言える存在だ。
ワーカーホリックな実の両親は春武の幼少期に育児を放棄して国外に拠点を持っていたのだ。
「ちょっと息子がドラック常習者になるって妄想に取り憑かれて、それでほんのちょっとだけ取り乱したんだ」
「お、なんだ、息子って決まったのか?」
「決まってねぇつってんだろこの野郎!」
「ああ、その調子で晋太郎君に絡んで醜聞に、と。いやはや、妄想からも煙は立つもんなんだな」
ますます呆れたように言う親父だった。
「俺でもそこまで錯乱状態には陥らなかったぞ。メジャーのトップ選手に長らく君臨して地に足つかなくなってんじゃないかねえお前さん。そうなった選手は言動から崩れていって叩かれて成績も悪化するの悪循環だ。行き着く果は調整不足で故障して長期離脱して契約終了ってパターン」
ぐうの音も出ない。
「刹那母さんと話そうと思う」
「ああ、それが良い。あいつが結婚してからはお前も気後れして連絡取ってないんだろ、どうせ」
図星だった。
幸せだろう今の家庭に春武は邪魔だ。誰が言わなくても春武がそう判断した。
「連絡してやれよ。あいつにとっても初孫だ」
最早井上一家にとって刹那は春武のもう一人の母という認識がある。
迷惑かもしれないが、それは恩義も感じてのことだ。
野球を教えたのも刹那、武術を教えたのも刹那、勉学を教えたのも刹那、愛情を注いだのも刹那。
古武術の旧家の跡継ぎとして育てられた刹那はそのスキルをいかんなく教育に発揮した。
その結果、甲子園五連覇投手を育て上げた。
言わば春武は英才教育を受けたと言ってよいだろう。
そのコツを、今は習いたかった。
「俺は役に立てんよ。俺は育った後にやってきて適当に野球教えただけでろくになにもしてねえ。駄目な親だ」
「夫婦揃ってワーカーホリックだよなあ。まあ偉人ってそんなものなのかもな」
「羨ましいぜ。今から子育てできるお前がな」
親父はそこで、しみじみとした口調で言った。
「俺と同じ過ちはするなよ。俺も一種の被害妄想に陥った。お前に井上の姓は重荷になるとそう思った。その結果、お前との大事な時間を手放した。後悔してるよ」
「今更そんなどうしようもないこと言うなよ。親父は十分親父やってくれたよ。俺は納得してる」
「そうかい。刹那によろしくな」
苦笑してそう言うと、親父は電話を切った。
そして、深呼吸してその名前を電話帳から呼び出す。
刹那母さん。
いや、もう母さんと言ってよいのだろうか。
義理の母だが、もう他の家庭を持っている。
迷惑だろうか。
気後れする。
けど、話したい。
そう思ってたら画面が発光して刹那母さんという文字が浮かび上がった。
刹那からの電話だ。
「ドラッグやってんの春武!?」
「多分やってない」
「多分ってなによ」
「正直昨日の俺はラリってたとしか思えないような醜態だった。それは認める」
「じゃあやってないのね」
安堵したように刹那は胸をなでおろす。
「母さん、安心したわ」
春武は震えるような思いでいた。
「まだ、母さんって呼んで良いのか?」
「当たり前じゃない」
刹那は苦笑して言う。
「もう一人の母さんって呼んでくれるって、そう決めたでしょ?」
「旦那さんとは上手く行ってるか? 子育ては?」
会話が弾む。横道に脱線する。
「万事順調。ちょっと年下過ぎることと、私より弱いことかな、難点は」
「あんた体術面とタフネスさじゃ俺の会ってきた中でダントツでトップだからね、一応」
三國無双にプレイアブルキャラとして出ても呂布と戦えそうな傑物なのだ。
「あーあ。春武が六階道家継いでくれてたらなー。そしたらあんな弱っちい旦那当主にしなかったのに。歴代でも中の下程の強さはあるらしいからまあ納得してるけどね」
「それは流石にあんたが突出しすぎと言うか旦那が可哀想……」
「知らないの?」
「何が?」
「子供ができるとね、女は優先度のトップに子供を持ってきて旦那のランクを格下げするの」
「うちの実母や千紗の実母はそうじゃなかったみたいだけど……」
「いるのよね、夫婦にステップアップできないカップルって。そういう人達って教育って状況で躓くんだわ」
しみじみと語る刹那だった。
自分の育ての親にして人生の先人。
色々と聞けることは多そうだった。
つづく




