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コンビニで貰った特別クーポンを使ったら大変なことになった もーっと恋愛編  作者: 熊出


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ダディになる日3

「晋太郎。話は聞いたよ」


 春武がロッカールームで日本語で話しかけてくる。

 普段は英語で喋っているが今日は二人きりの内緒話のようだ。

 たまにこういうことがある。


「っす。ちょっとタイミング悪かったなと思うんだけど中々子宝に恵まれなくて」


「不妊治療までしてたんだっけ?」


「信玄さんはあっさりといって羨ましかったですよ」


 苦笑交じりに言う。


「で、だ。俺んちも同時期に出産」


「おー」


 晋太郎がパチパチと手を叩く。


「おめでとうございます。先輩もダディすね」


「いや、それがわかってから落ち着かなくてな」


「試合じゃ落ち着いてるから気づかなかったな」


「いや、試合中は良いんだよ、試合中は。没頭できるから」


「家では?」


「愛を不安がらせたくないからポジティブな発言を心がけてる」


「実際は?」


 春武はしばらく黙り込んでいたが、そのうち深々と溜息を吐いて、座り込んだ。


「もしも子供がグレて俺の金を使って麻薬中毒者になったりスピード違反を犯して人を殺したりしたらどうしようどうしようって毎日頭グルグルしてる」


 晋太郎はぎょっとした。

 それはちょっと行き過ぎた妄想ではないだろうか。


「挙句の果にハニトラに引っかかったり身代金目的に誘拐されたらどうしよう。金目当ての奴はいくらでもいるからな。今ならわかるよ、親父が俺に六階道姓を名乗らせてた理由。金目当ての奴は本当いくらでもいる」


「先輩、落ち着いて聞いてもらって良いですか?」


 春武の両肩に手を置いて、宥めるように言う。


「それを人は、被害妄想と言うんです」


「息子が俺の後を追おうとしすぎて無理な練習して故障してグレてドラッグ中毒者になっても同じことを言えるのか? 息子が才能を妬んだ同級生にいじめられて再起不能の怪我を負ってドラッグ中毒者になっても同じことを言えるのか?」


 これは重症だ。

 普段の人格者の春武ではない。


「先輩、落ち着いて、落ち着いて。まずその強固なドラッグ中毒者のイメージはなんなんですか」


「金のある人間の手にすっと麻薬を忍び込ませるバイヤーがいるって聞いた。田代雅史って人の体験談だ」


「けど先輩も俺も億万長者のメジャーリーガーだけど麻薬中毒者になってませんよね?」


 春武はまるで数学の解に迷った学生のようにフリーズする。

 そして、おずおずと言った。


「つまり息子は麻薬中毒者にはならないってことか?」


「あの、そもそも、息子って決まったんですか?」


「娘だったら愛似の美人に……男に乱暴されたらどうしよう。アメリカは一人で夜道を歩けない国なんだぞ!」


「春武さん、落ち着いて聞いてくださいね」


「あ、はい」


「そもそも、アメリカじゃ子供を一人にしたら虐待とされるんです。だから忙しい人もベビーシッターを雇うんですよ」


「そいつが裏切って娘に乱暴したり誘拐したりするんだな?」


「同人誌の読みすぎです」


「同人誌ってなんだ?」


「……すいません忘れてください」


 そう言えばこの人は根っからの野球馬鹿なのだった。Vtuberの愛の同人誌が一時期隆盛を誇っていたなんて知れたらそこから被害妄想に火がついて発狂しそうだなと思う。

 どうしたものだろう。


「先輩、まず落ち着いて聞いてください。ドラッグへの誘惑は確かに若者には魅力的かもしれません。けど、しっかりと教育すればいい話です。実際、僕や先輩はドラッグ中毒者になってないでしょう?」


「教育なら皆受けたさ! その行く末がダルクだ!」


 嗚呼もう滅茶苦茶だよ発狂状態だ。

 相当溜め込んでいたんだなと思う。


「先輩、冷静になって考えてみてください」


 両肩に置いた手に力を込めて、念じるように言う。

 思いよ、伝われ。


「先輩は今まで人生上で麻薬中毒者と関わったことが一度でもありますか? メジャーの綺羅びやかな舞台。華やかな人生。嫁も日米ナンバーワンのVtuber。知人に世界的なアーティストや同級生にもハリウッドスターがいる。けど周囲に麻薬中毒者はいますか?」


 春武は再びフリーズする。

 今までの人生で会った人の姿を一人一人探っているかのように。

 それはさながらパソコンが重すぎる処理に挙動を止めているかのようだった。


「いない……」


 安堵する。これで少しは落ち着いてくれるか。

 そう思った次の瞬間春武は叫んだ。


「つまり今後現れる可能性が極めて高いって言うわけだな!? それが我が子だ!」


「断定すんなっつってんだろどこからくんだその自分のポンコツ脳に対する自信は!」


 流石にキレた晋太郎だった。

 同僚達が流石に集まってきた。

 二人はなにを話してるんだい? そんな風に春武達の通訳に訊ねているのがわかる。

 通訳達は苦笑いして同僚達の波を押し留めている。

 僅かな言語のニュアンスの間違いによって起こる無用な衝突。それを避けるために通訳を雇っているのだがこんな場面でも機転を利かせてくれた。


「晋太郎」


 状況を察して流石に平素に近い思考回路に戻ったのか、春武が呟くように言う。


「俺、不安なんだ。教育を間違えたらどうしようって。息子に理想的な環境を与えられるんだろうかって」


「先輩。落ち着いて聞いてくださいね」


 晋太郎は気を取り直して言う。

 既に肩に置いていた手はどけて腕組している。


「息子だって決まってません。もう少し冷静になってください」


「あー……」


 春武の瞳に理性の瞳が灯った。

 と思ったらすぐに消えた。

 起動した瞬間ブルースクリーンになるポンコツパソコンみたいだ。


「つまり愛に似た女の子が生まれて乱暴されるんだな?」


「あんたの脳内は薄い本か!? それとも北野武の映画の世界か!? ポルノや過激な映画の見すぎでしょ! カウンセラーと更生プログラム紹介するんで今からそこで専門的な治療を受けてください。俺じゃ無理です。あんたの世話は焼けません」


「そう言うなよ晋太郎」


 ふっと遠くを見る春武。


「俺だって不安なんだ。お前だって一緒だろ?」


「俺、今日から先輩とは一線を引くことにしたんで。治療プログラムを完遂するまでは近寄らないでください」


「治療プログラム……?」


 再び春武の瞳から理性の光が失せる。


「つまり俺自信が麻薬中毒者だったのか。何処で摂取したんだ……? いけない、麻薬が残留する体から生まれた子供は癇癪持ちに育つ」


「あんたそもそも産まんでしょうや。もーやだ」


 ポジティブな発言を心がけていると言っていたが、この狂気は抑えきれていないだろう。その相手をしている愛も相当ストレスがかかっているだろうと思う。

 短時間の相手をしているだけでこれだけどっと疲れるのだ。

 あの現実主義者な愛がどこまで我慢できるか。


 そこでふと気がついた。


「先輩。先輩は麻薬中毒者じゃないです。思い返してみてください。家に注射も吸引器もないでしょ?」


 これはまず前提条件だ。解き明かしたい方程式はその先にある。


「……ないな。俺も俺の周囲にも麻薬中毒者はいない。大丈夫だ。多分ロックバンドのフェスでパイプで吸ったんだな」


「先輩。先輩はロックバンドのフェスに行く時間があるならバット振ってます。だから大丈夫です」


 辛抱強く言い聞かせる。

 最早正気ではないが今更だ。


「先輩を育ててくれた人は、先輩をどう育てましたか?」


 春武は目を見開く。


「自然だった。献身的だったけどそれを悟らせないほどに」


「コツを聞いてみたら如何でしょう。今の先輩はともかく普段の先輩は尊敬できる人です」


「うん、僕、聞いてみるよ。ありがとう、晋太郎君」


 ストレスでついに幼児退行までしたか。

 疲れたが歩き去っていく春武の背中を見て初めてこう思った。

 相手はチームの三番打者で、エースで、中核選手で、キャプテンだ。

 それでも、こう思った。


(冷静になるまで戻ってくんなよ、頼むから)


 祈るように思う晋太郎だった。

 事情を聞こうと同僚達が集まってくる。

 なんだいシンタロー。ハルタケの様子は尋常じゃなかったが。あれはドラッグでも決めてんのかい?


「だからドラッグじゃねえっての!」


 天丼かよ!

 キレた晋太郎に疑惑の視線が集まったのはまた別の話。



つづく

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