ダディになる日2
「と言うことで貴女は今年中にお祖母ちゃんです」
「へー。すっごいねー。愛もうそんなに大きくなったんだ」
電話越しに母と話す。
模造神とは言え処女母体を成し遂げた神様なだけはあって年齢勘定が大雑把だ。
「けど大丈夫? アメリカは一神教のキリスト教強いわよー。神様の娘だって知られたら愛殺されちゃうんじゃないかしら」
のんびりとした口調でとんでもないことを言う。
「ママ、最近のんびりしすぎじゃない?」
「最近時間感覚ズレて来てねー。あんな子供だった岳志もすっかり白髪ぼーぼーで。歳月を感じるよね。ま、渋みがましてあれはあれで良い歳のとり方してるけど」
ケラケラ笑う母。
本当にフランクでマイペースな人だと思う。
「あっちが先にくたばるだろうからあっちにも早く連絡してあげて。ママは後回しで良いのよ」
デリカシーもクソもない。
本当神様ってザル勘定。
「じゃ、ママ。出産日も教えないけど良い?」
「ごめん愛ー、ママに意地悪しないでー」
いつまでも貫禄がない人だなあと呆れてしまう。
これが本当に自分の母なのだろうか。これから生まれる我が子の祖母になる人なのだろうか。
見た目の若さも相まって唖然としてしまう。
ちょっと頭痛がしてきたが十分に愛されて育ってきた恩は感じているのでその後もしばらく話してから通話を切った。
「体を大事にね。後、神様の娘だってことはバレないように。日本みたいに他神教じゃないんだから」
「はいはい心得ております」
なんだかんだで気遣いが嬉しかったり。
そして、岳志に電話をかける。
パネルフォンに出た顔を見た第一印象が、年始に見たのにその時より老けたなあ、というものだった。
母が面白がるのもわかる。
同級生がこんな風に白髪頭になっていたらそれは話題のネタにしたくなるかも……とそこまで考えて自分もデリカシーがないあの人の娘なのだなと思い直す。
「お義父さん、お久しぶりです。健やかにお過ごしですか」
「いやー、遥香が講演の仕事どんどん組んでくるんだわ。井上岳志杯ってのも始まるらしいし俺と春武の苗字から井上カンパニーって自分の持ってる会社の社名を変えるって言い出すわで振り回されてるよ」
義父を上手く操縦するできる女だなあと感心してしまう。
母にはこうあって欲しい。
結局、愛の母ではなく義母を選んだ義父の選択は間違っていなかったわけだ。
「それでなんだい、あらたまって。春武、故障でもしたかい」
「なんでそうお考えで?」
「あいつスペ体質だからな。ここ数年好調だから忘れてたけど。好事魔多というし電話があってもしかしたら、って思ってな」
「いえ、どちらかと言うとめでたい知らせです、安心してください」
「そうかい。それじゃ聞こうかね」
声も随分しわがれた。
随分待たせてしまったな、と思う。
「この度、子供を授かりました」
岳志は目を丸くして硬直する。
そして遅れて事態が把握できたらしく前のめりになった。
「そりゃめでたい。俺もいよいよお祖父ちゃんか。ありがとうねえ。愛ちゃんには春武が世話になりっぱなしで、子供まで。いや、めでたい」
「随分待たせて申し訳なく思っていました」
「ちょっと、子供出来たって言った!?」
駆け足の音が飛び込んでくる。
「言った言った。おいでよ」
そう言って岳志は画面外を手招きする。
すぐに、遥香が画面に映った。
良い歳の取り方をしている、と思う。
年相応の上品な婦人と言った感じだ。
それに対して岳志は若干老けすぎているように思う。
働いていないと一気に老ける人種っているものだ。
遥香が岳志に仕事をあてがう動機がなんとなくわかったし、やはり出来た参考になる人だと思う。
「愛ちゃん、本当?」
「ええ、本当です」
「男の子でも女の子でも愛ちゃんみたいに賢い子に育つんでしょうね。お義母さんまた自慢話が増えちゃうわ」
わ、五人で見てきた中での一番の模範解答。
嫁を持ち上げつつ希望のあるビジョンを示して不安を拭わせる。
やっぱりこの人は社会人経験者なだけはあるなと思う。
「それがタイミングが悪くてポストシーズン真っ只中の出産になりそうで」
「愛ちゃんの出産に立ち会うわ。予定日が近づいたら教えてね。私は出産経験者だから、色々教えられると思う」
なんだろう。
この実の母との落差は。
あの人はマイペースで愛情深くて良いところはあるんだけどどこかズレている。それが義父に見切られた遠因でもあるだろう。
それに対してこの心強さよ。
「ありがとうございます。百万人の援軍を得た気持ちです」
「長くなると悪いから今度ラマーズ法とか過ごし方のコツについてまとめて送るわね。だんだん動くの辛くなってくるから、今から覚悟しといて。そしてね」
悪戯っぽく微笑んで言う。
その表情になると、この人も随分童顔だなと気付かされる。
「そのうちとんとんってお腹を蹴ってくるのよ」
愛は目を丸くする。
話には聞いていたが実感がなかった。
今、一つの命が自分の中で少しずつ大きくなっている。
いずれ、一個の人間として体から出ていくのだ。
「あー……それはイメージしてなかったな」
「私も春武の靴下編みながら、あ、また蹴った。元気な子だなーって思ってたもんだわ」
「嘘つけ、ギリギリまで仕事してた癖に」
岳志が恨みがましく言う。
そうだ、この人はこの人で仕事の鬼。やはりズレた人なのだ。
(あずきさんも結構ズレてるしアリエルさんは言わずもがなだし……)
この人の世代、ズレた人しかいねえ。
あらためてそうと実感する。
その分、子供世代がしっかり育ったのかも知れないが。
ちょっと気疲れして電話を切ると、産婦人科に向かった。
見知った顔と出くわしてぎょっとした。
「げ、京子じゃん」
「げ、はないでしょ、げ、は」
元ラスボスが産婦人科。
なんともチグハグな光景。
今ではすっかり丸くなったものだと思う。
「じゃああんたも?」
「うん。二人の念願だったよ」
弾んだ声で言う。
「けどイメージ通りにはいかないものだねえ。タイミング悪くポストシーズン真っ最中の出産になりそうで」
「げ」
「ああ、大丈夫大丈夫。父親休養なんて使わせないから。本人は無念がってたけどね」
軽薄に笑いつつ言う。
ああ、裏じゃ必死に不安に耐えている時の表情。
今なら透けて見える裏の顔。
「あのね、落ち着いて聞いて」
愛は京子の肩に手を置いて言う。
「うちもなのよ」
京子の手から、パネルフォンが滑り落ちた。
「じゃあ何? カブスの主力二人がポストシーズンにポンコツ化する可能性があるわけ?」
「一方、子供に応援されている信玄君は絶好調……」
今年は荒れるなあ、と思う。
「じゃあ逆算するとー、愛達もあれぐらいの時期にシてたのねー」
軽薄に笑って言う京子。
「あんた今、自分が言われるの嫌だから先回りしたでしょ」
顔を真赤にする京子だった。
「関係者にはしてほしくない逆算だわね。もちろん我が子にも」
「ほんとねー。本当そうだわ。なんで子供作るのにあんな工程が必要なんだろ」
小さくなって言う京子は可愛らしかった。
「愛されてんだ」
からかうように言って隣に座る。
今ではすっかり愛の方が貫禄がついた。
良い歳の取り方してるな、自分。
そんなことを思う。
「なによー。愛だってその、大事にされてんじゃんかー」
「ありゃ駄目だ。子供が出きてからすっかり過保護になりすぎてる。正直首が座るまで抱っこするのも嫌がるんじゃないかな」
「……愛ってなんか、いつ見ても苦労してんね」
「中高校時代に一番苦労させられたのはラスボスのあんた関係の事案ばっかだからね、言っとくけど」
まったく、その二人が揃って母親になるという。
人生って本当不思議だ。
つづく




