結婚して終わりというわけでもなく宛もなく二人旅は続く4
春武と空港で待ち合わせした。
晋太郎も春武もすっかり街の顔だ。
遠巻きに写真を撮られている。
春武は手を上げると、晋太郎と空中でがっしりと手を繋いだ。
「信玄は訊ねたか?」
「ええ、不思議な力について訊きました」
「じゃあ」
春武が怖い表情になる。
「お前、相当危うい線にいることは自覚してるな?」
「ええ」
覚悟は既に決めている。今更凄まれてもなんだ。
「じゃあ、実際にその不思議な力というものを見せてやろう」
そう言うと、春武はパネルフォンを操作し始めた。
次の瞬間、視界が揺らいだ。
そう思った次の瞬間、晋太郎は苔の生えたレンガ造りの迷宮で呆然と立ち尽くしていた。
「これが迷宮のクーポン。決闘のクーポンと二種類ある。信玄に見せたのは決闘のクーポンの方だ。ノック練習に丁度良い広い空間でな」
そう言って歩き出す。
「どうして、こんな力を? 生まれつき、ですか?」
想像もつかない。
しかし、絵空事としか思えない現象が眼の前で起きている。
京子の顔が脳裏に過ぎる。
全て飲み込もう。そう決意を強くして春武の後に続いた。
「ヴァレンティって女神様から下賜された。親父も同じ物を持っている」
「岳志さんも……?」
「かつて天界大戦というものがあってだな。ここに投獄されているのはその時に堕天した反乱分子の集まりなんだと」
そう言って春武はいつも胸にかけているお守りに手を添える。
それは次の瞬間大刀となって、宙を飛んできた魔物を真っ二つにした。
「っは」
笑うしか無かった。
斬られた大目玉は緑色の液体を吐き出している。
モンスターだ。
ゲームの世界だ。
ずるずるとその場に崩れ落ちた。
「その天界大戦のケリは親父の代で形がついたが、俺の代に、スキルユーザーなる魔法の力を人間に付与する愉快犯が現れた」
「スキル、ユーザー」
「その人物を追っていくと、彼女は若返り、自ら俺達の懐に飛び込んできた」
春武が武器をお守りに戻して、胸に戻す。
「彼女はこう名乗った。自分は黄昏京子だと」
「京子が、スキル、ユーザー……?」
「そう。お前の恋人にして、全ての神の頂点に立つ創世神の見ていた夢のデフラグ係だよ」
呆気にとられる。
「京子は……不思議な力を持ってて、そもそも」
その言葉を吐き出すのに抵抗があった。
緑色の血が広がって靴に触れる。
吐き気に襲われた。
それを飲み込んで、告げる。
「人間では、ない、と?」
「かつてはな」
春武は苦笑すると、空間を閉じた。
元のシカゴの空港が周囲に広がる。
春武は手を差し出してきた。
「悪かったな、脅かして」
ちょっとその笑顔に不満あり。
「急に空間移動して消えたり、現れたり。カメラに残りませんか?」
「それがこのクーポンの便利なところでな。特定の対象だけ外界から隔絶された場所に瞬時に転移させる。外の世界の時間は止まっているから何が起きたかも周囲は気づかない」
「修行しようと思えば永遠に修行できると」
「そう言うことだ」
「ずるいなあ」
「一応、この力を野球の時に使ったのは信玄の守備難に見かねたときだけだ。そもそも俺は下賜されるタイミングが遅かった」
「で、京子はその……創世神でしたっけ? っていうのが見ている夢の、システムの一部だと」
「かつては、そうだった」
春武は淡々とした口調で言う。
「けど、彼女は創生石を一個犠牲にして人間の形を得た。だから今の彼女は人間だと結論付けられる」
「なら、なんで……」
問題はないではないか。
「普通の人間だと思って生活していた女の子がある日いきなり不思議な力が自分に眠ってることに気付くんだぜ」
春武は天井を仰いだ。
「それってちょっとしたトラウマ体験だと思わんかね」
晋太郎はしばし考え込んだ。
確かに、自分がある日いきなり今の春武のような力を駆使し始めたらショックかも。
自分の息子や娘に遺伝する、なんて考えてしまうかも知れない。
「今日見たことは忘れろ」
春武は諭すように言う。
「お前はこっち側に立ち入るな。京子からも手を引くのが正しいんだろうな」
晋太郎はムッとしてに言い返す。
「退きませんよ」
春武は面白がるような表情だ。
「だって俺、京子と婚約して、今世界で一番ハッピーなんだから」
「フライをキャッチしたと思ったらこぼした感じだな」
「幸せってそんな簡単にこぼれるものなんすかねえ」
今は価値観が揺るいでいる。
どんな言葉でも信じてしまいそうだ。
それでも、春武の言葉はやはり後輩を導いた。
「お前さん達次第だろ。結婚ってそんなもんだ。二人で歩いていくんだよ」
晋太郎は考え込む。
「後は、お前次第だ」
そう言うと、春武はとんぼ返りしていった。
悪いことをしたな、と思いつつも、さらに思考を巡らせる。
下賜された力、と言っていたな。
つまり、天界や神々は実在する。
そして春武は、少なくともお守りを武具に変えるという異変をやってのけた。
まだまだ力を隠しているのでは?
(いや)
これ以上深入りするのは野暮と言うか、自分の身が危険にさらされる気がする。
今向かうべきは、京子の元だ。
そう考え、晋太郎は歩き始めた。
決意は既に硬い。
最初からそうだったのかもしれない。
神様だったからなんだ。
ラスボスだったからなんだ。
今更京子以外の相手なんて考えられないんだから。
素直じゃない京子。
捻くれた京子。
軽薄に笑う京子。
彼女はいつも不安だったのかも知れない。
そんな一抹の悔いが、空港から出て出迎えてくれた雪のように晋太郎を叩きつけた。
つづく




