幕間/ある日の信玄家のライン
『おす』
『お』
『勝った?』
『息子に捧げる二本塁打だ』
『まだ性別決まってないってば!』
『いいや息子だ、わかるね。俺みたいなスラッガーに育てるんだ』
『娘だったらがっかりしない?』
しばし、沈黙。
『その時は瑠奈みたいな美人さんに育つな。カレシを野球選手にしよう』
『ヤメテ』
『あ、ハイ』
『ところで信玄君、好きな歌手いる? やっぱりアメリカの曲とか聞いてるの? 私もチャレンジしてみようかなって』
『アリエルが好きだな』
『ふる……』
『アリエルは世界的な歌手だぞ!』
『私達の親の世代の歌手だよ。私達の親がクイーンやマイケル・ジャクソンの凄さ語られてもわかんない感じ』
『あー、そんな感じか』
『カラオケでも行く? アップデートしなきゃ』
『瑠奈はカラオケとか行くのか? 意外だな』
『ぼっちにはヒトカラというものがあるので』
『ヒトカラって一人でカラオケか? 一人で行くか?』
『ふる……』
『なにがだよ!?』
『価値観が古いよ! 私達の親世代には一人ラーメンに一人焼肉まであったんだから! 信玄君の価値観私達の親世代のそれも地方の人の感覚だよ!』
『そりゃー俺は田舎モンだけど』
『もっとアップデートしよ。今度私がアメリカ行ったらカラオケデートしよ』
『アメリカにもカラオケってあるのか?』
『なんで在米邦人なのに知らないの!?』
『俺食べ物の店しか行かないし料理も家政婦任せだし……』
『信玄君知らないことばっかだよ!』
『そうか? 呆れたか?』
『教え甲斐はあるって考えるべきかなあ……』
『アメリカじゃ今ヌートバーって和食屋が流行っててな』
『食べ物の話だとそっちに利があるか。ちなみに好きな本は?』
『司馬遼太郎と白鯨……と見せかけてSAO!』
『信玄君』
『はい』
『SAOは私達の親の世代の創作物です。司馬遼太郎や池波正太郎に至っては曽祖父母の時代です。白鯨に至っては先祖様クラスじゃないかな』
『良いものはいつの時代も変わらないのだ』
『まあ私も読むけどね、司馬遼太郎や白鯨。司馬史観には気をつけなよ』
『司馬史観?』
『司馬遼太郎は悪役と決めた人物をとことん小物に描いたり有能と思った人物をとことん持ち上げたりするんだよ。それに影響されて歴史を語る人が多かったって話』
『ほー。それじゃ沖田総司が菊一文字を授かったって話は? あんな貴重な剣をぶん回すかなって気になってたんだ』
『そんな歴史はないねー』
『歴女じゃん笑』
『笑ムカつくわー笑』
『ビキるなよ笑』
『笑いやめろ笑』
『ちなみにその影響を受けて描かれたのがるろうに剣心ね。あれはサブスクで映画あるから知ってる』
『小学生時代アバンストラッシュと飛天御剣流真似したなあ……』
『あの……』
『なんだ?』
『信玄君っていつの時代の人?』
しばし、沈黙。
『親が古いアニメのマニアでな……』
『ああ、ジャパニメーションが日常的にかかってたのね。アリエルはそういうのの主題歌とか結構やってるし』
『そうそう。そういう流れよ』
『なんか濃そうだなあ』
『お前が言うか笑』
『笑い辞めろこのへぼファースト笑』
『言ったな笑』
『ごめんなさい』
『笑いついてなかったら威圧的に見えるから笑をつけるんだよ。怒ってないよ』
『今時絵文字だよ……』
『そうか? SNSで顔文字多様するオジサン構文とかいうのたまに晒されてるけど』
『あれはねー、独特の濃ゆさがあるというか……しぐれういの声使って発表されてしぐれういもカバーした曲だよね。あの人も現役で凄いけど。その曲発表されたのは私達の親世代だよ……』
『父親が熱狂的なしぐれうい信者でなー……母親が用意した野球用具費でスパチャしたこともあった』
『信玄君』
『なんだ?』
『それ私達の祖父母辺りの時代のモラハラね』
『日常的な光景じゃなくて?』
『ふっるー……名前も古けりゃ価値観も古い』
『笑いつけろよ笑傷つくだろ笑』
『泣かないでー』
『泣いてないよ笑』
『子供が生まれるまで立派な今時の若者にしてあげるからね!』
『じゃあ俺は息子が生まれるまで瑠奈を野球漬けにする!』
『娘かも知れないってば! 男系が良いっていつの時代の話だよ!? 最早戦国時代だよ!』
『そんなに古いか? 俺』
『春武君良く友達付き合いできたなーと思う』
『その相手とこれから結婚するんだぜ?』
『だる……』
『今時だなあ瑠奈は』
『今時で良いんだよ、古くて良いものなんて刀剣みたいな骨董品ぐらいだよ』
『じゃあ歴史好きらしいし次回は刀剣美術館でも行くか』
『おー』
『今日は瑠奈が歴史好きって知れた。一歩前進できて嬉しい』
『そういう真っ直ぐなとこ、好きだよ。昔からね』
しばし、沈黙。
顔を赤らめる二人。
道のりはまだまだ長い……。
そして十年後。
『今日は何本?』
『そんな毎日ホームラン打てねーし!』
『四日も出てないじゃん情けないなあ』
『瑠璃ー、瑠奈母さんがいじめる(泣)父さん今日も内角高めの球をしゅぱーんって弾き返してチームに貢献したのに』
『お父さん』
『なんだ?』
『そのカッコで感情表現するのと擬音で打撃教えてくるの辞めて。私お父さんのこと一応尊敬してるんだから』
『最近野球教えてもらってるけど擬音多すぎて困惑してる……』
『瑠璃、お父さんは多分腕を畳んで内角高めの球を上手く引っ張って右翼線を破ってツーベースでも打ったんだと思うわ。シュパーンは引っ張った時の擬音よ』
『流石瑠奈、わかってるー』
『お母さん達がキモい……せっかく野球に興味持ったのに興味なくした……』
『お父さん泣いちゃうでしょ笑』
『マヂで泣くぞー……最近煽る時に笑いつけるんだもんなあ』
『昔の仕返しよ』
慣れたら慣れたで立場のない信玄なのだった。
そんな信玄がリストバンドに刺繍している文字は風林火山。瑠奈に古いと言われてもしばらく使っていたが、娘が生まれてからは瑠璃と瑠奈に変えている。
ファンからはメディアが作った強気で硬派なイメージが壊れて失望したような親近感が湧いたような曖昧な苦笑いを向けられた。
つづく




