同級生
その日、信玄は観客席にその姿を見つけて目を丸くした。
信玄は視力が格段に良い。
それでも観客席のその人物を見つけたのはたまたまだろう。
思わず、指差し、叫ぶ。
「瑠奈!?」
観客席がざわつく。
瑠奈は恐る恐る立ち上がると、ちょっと挙動不審気味に手を振った。
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「来るんなら来ると言えば招待してもっと良い席とっといたのに。水臭い奴だなあ」
「米国旅行ちょくちょく来るんだ。私春武君と大学も一緒だったから」
「そういやそうだったな。春武、遠いぞ」
「私、京子ちゃん苦手で……こっちに……」
「ふむ?」
確かに京子は独特の雰囲気はある女だ。
それでもそれに気圧されるのは瑠奈の控えめな気質のせいだろう。
それが生来のものなのか後天的なものなのかまでは信玄は知らない。
三年間一緒に暮らした同級生だったから、控えめな女、というイメージだけは残っている。
「まあグッズ色々あるからお前んちに送るよ。日本か? アメリカか?」
「今は日本に戻ってるよ。起業しないかって同級生に誘われてね。AI系の会社立ち上げてる」
「そりゃまたレッドオーシャンに」
AIが最盛期だったのは信玄の親世代の話だ。
この頃のAI業界は既に大手が主導権を握っている。
「隙間産業狙ってくんだ」
苦笑交じりにそう語る瑠奈。
その誘ってきた相手というのは男かな? とちょっと思う。
というのも、信玄は、辰巳の結婚騒動以来自分も結婚したいと思うようになっていた。
春武は結婚したし後輩の晋太郎も結婚したし辰巳も日米球界を巻き込んで結婚して国際試合の私物化だと叩く声まであった。
そんな中、ぼんやりと自分も家庭を持ちたいと思うようになっていた。
「この後、時間あるか? ちょっと話したい」
「あるよー」
瑠奈は微笑む。
よし、とガッツポーズを決めそうになり自制心を働かせる。
勝負は既に始まっていた。
まずは今日の試合で良い場所を見せるところからだろう。
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「……大暴投だったな」
信玄は席にふんぞり返っていう。
WBC以降、ファーストを任される回数が徐々に増やされつつある。
DHはロートルの休養枠にも使いたいというのが球団側の本音のようだ。
「だねえ」
瑠奈は苦笑している。
高級レストランの一部屋だ。
「ま、その後ホームランで取り返したが」
信玄はそう言って柏手を打つ。
「リーグ単独トップだね!」
「まだまだわからんよ。晋太郎が同地区にいなけりゃなあ……」
「あー、晋太郎君も打つよねえ。特に終盤戦」
「あいつがいなかったら後二回は本塁打王取ってたな」
なんだろう。出てくる台詞が自慢話みたいで自分で嫌だ。
高校の頃の同級生と会うと初心に戻れると言うか普段自分がどれだけ高い場所から発言しているか自覚できる。
気恥ずかしくなって瑠奈に話を振った。
「瑠奈の方はAI産業に上手く噛めてるのか?」
「IoT関係の案件をぽつぽつ取ってきてるよ。小さい工場と連携してる感じ」
IoT? なんだそれ?
「地道に活動してるんだなあ。スタンフォード卒ってもっと華やかなイメージあったけど」
「スタートアップとしては上手く行ってるよ。規模はこれからどんどん大きくしていく」
「それこそアメリカでやった方が良かったんじゃないのか?」
「それがねー……」
瑠奈は小さくなる。
「ちょっと、実家のコネ、使っちゃった」
「瑠奈の実家ってなにやってんだ?」
「なにって、家業ってほどのものはないんだけどね」
「うん」
瑠奈はもごもごと言い淀んでいる。
「なんだよ、言えよ」
苦笑交じりに言う。
「春武から聞いてない?」
また春武か。
あいつ翔吾とも良い感じだった時期があるし意外と手の早いやつだなあと思う。
中学校時代からの付き合いの嫁がいる癖に。
「聞いてないぞ。あいつは律儀なやつだ。喋って嫌がられることは喋らんよ。俺も聞かれて嫌だと思われるようなことは聞かんけどな」
「じゃー言うけど」
瑠奈は指と指の先をちょんちょんとさせた。
「宗教屋さん」
思いもしない言葉にふんぞり返っていた信玄はそのままひっくり返った。
日本。
宗教は文化として根付いて入るものの、あらためてそれを口にするような習慣はない国だ。
ましてや、オウム真理教のテロ事件以降新興宗教への風当たりは強い。
そこで信玄は育った。
だから、宗教屋と言う職業には違和感がある。
「それは、お坊さんだとか……?」
「いやね、母親が、ある市を牛耳る宗教団体のボスなの」
瑠奈は勢い良く喋り始める。
「で、そこと連携して地域創生を目指してるんだ、今!」
「お、おう」
こいつ、思ったよりヤバイ奴?
教えといてくれよ春武。
心の中で春武を呪った信玄だった。
別れ際、教えられた住所を見つめる。
この一帯には入らないようにしよう。そう心の中で誓った。
この二人がひょんなことからまた出会うのはワールドシリーズも佳境と言った頃だった。
その年の信玄は本塁打王に打点王。
紛れもなくこの年のリーグを代表する打者だった。
つづく




