物語の終わり3
気になるメールがあってエイミーはその相手と連絡を取ることにした。
最初は疑念を示していた先方だったがエイミーが過去の知識を披露していく内に感服しているような様子になった。
そして、実際に会ってみようということになった。
AIと思われているエイミーと会おうだなんて不思議な人もいるものだ。
しかし、その内容が興味深い。
エイミーは喫茶店に向かった。
2015年になっても車は空を飛ばなかった。
けど、今の時代には飛んでいる。
小型のヘリコプターのような形だが。
AIがほとんど操縦してくれるので操作の必要もない。
ドローンの進化系と言ったほうが近いかも知れない。
そして、エイミーはその場所に辿り着いた。
喫茶店で電子の雑誌を見ながら時間を潰す。
皆、イヤホンをつけている。
文字を読むと言う文化が薄くなってきて久しい。
外国語もほとんどその場でAIが翻訳してくれるし、その精度が十年前にブレイクスルーを迎えたことで本屋も翻訳家も仕事を失った。
サブスク文化が流行ってDVDレンタルショップが規模を格段に縮小させられたように。
今では海外の書籍でも瞬時に読み上げソフトが自国語に翻訳して語ってくれると言った具合だ。
そんな中でもエイミーは文字を読む。
AIを信用していないわけではないのだが、慣れないのだ。
読み上げ機能がオフになっている媒体そのものが今では販売されていないが(音声速度の変換はある)改造して無理やりオフにしている。
(お婆ちゃんだなあ中身はすっかり)
若者達にすっかり置いていかれている。
スーツの若者が向かいに現れて、その瞬間、エイミーの時間が止まった。
心音が高鳴っていた。
枯れたと思っていた感情だった。
岳志の生き写しが、向かいにいる。
「私、井上カンパニーのものです」
そう言って名刺を差し出してくる。
「田原です」
偽名を名乗る。と言っても一応、新しく作った戸籍上の本名だ。
「今では日本国籍を持つ海外由来の方も珍しくなくなりましたね」
疑われなかったようだ。
「しかし、エイミーさんに生き写しだ。中身まで似ているなんて」
岳志じゃない、岳志じゃない、岳志じゃない。賢明に自分に言い聞かせる。
どちらかと言うとスーツ仕事は遥香の血のほうが濃い。
しかし紛れもなく、岳志の子孫だった。
「それで、一体どんな御用で?」
エイミーは平静を装って訊く。
「この度、井上岳志没周年記念として我が社では井上岳志に関する資料を集めて電子書籍にて販売しようとしておりまして」
電子書籍と言ってもこの時代の電子書籍は岳志が生きていた時代とわけが違う。
まず、先に上げた読み上げ。
次に、写真ではなく映像。
そして、莫大な情報量。
それらが惜しげもなく注ぎ込まれる。
これは一大プロジェクトだ。
「是非田原さんにその補助に入って欲しい。身近な方はもちろん皆故人ですので当時のデータを高い精度で知っている方は貴重なのです」
「わかりました」
エイミーはサングラスをくいっと上げる。
「井上岳志研究家として協力しましょう」
「感謝します。では、メールでは詳細を語られませんでしたが、貴女のデータは何処からえられたのですか?」
「私のルーツがエイミー・キャロラインにありまして」
戸籍上もそういじってあるので事実だ。
「当時の人々の伝聞が我が家には伝わっているのです」
「代々と……」
感服したようにスーツの男は言う。
「うちの先祖もさぞ感無量でしょう」
「と言うと貴方はやっぱり?」
「ええ、井上岳志の子孫です」
そう言って小さくなる。
「スポーツの方はからきしですが」
あのスポーツの鬼の子孫が勉強畑の人間というのも不思議なものだ。
「比較されてさぞ苦労したでしょう」
「いえ、私のルーツは六階道家にあるので。ご存知ですよね、六階道家。一時期岳志氏が宿を借りていた。本流ではないんですよ」
その六階道家はますます武門の名門だ。
惜しい、と思った。
「お名前、聞いていいですか?」
「井上陽翔」
「陽翔君」
「はい?」
「ちょっとテニスするから付き合ってよ」
「は?」
唖然としている彼の手を取って引っ張った。
まるで、かつての岳志が自分にそうしたように。
自分自身が滑稽で滑稽で笑えてきた。
計画は出来た。
少しでも才能の兆しがあれば陽翔をプロテニスプレイヤーにする。
井上家の血統と六階道家の血統が合わさっているなら可能性はあるはずだ。
「俺はダビスタの馬じゃない」
そんな岳志の苦情が聞こえてきた気がしたが、知らんぷりをした。
(生きてるって色々あるなあ)
これからも色々な出会いと別れが積み重なっていくのだろうか。
久々に出た外は眩しかった。
一頻りサーブを受けた後、陽翔はワイシャツを汗でベトベトにしてへたっていた。
「僕じゃ相手にならなかったでしょ……?」
困惑したように陽翔は言う。
その肩に手を置いて、グッドサインをした。
「見込み、あり!」
「は?」
「今日から毎日走り込むよー。まずは猛練習に耐えるためのスタミナだ」
「と言っても私には仕事が」
「私の情報欲しいんじゃないの?」
「……欲しいです」
「じゃ、付き合いな。それがあんたの会社からの報酬だ」
「えー……っと。私、仕事がありまして」
「情報、いらない? 実は岳志と同居してたアリエルの家系も残っててね」
陽翔は生唾をゴクリと飲む
「負けました」
崩れ落ちた陽翔だった。
+++
「ってことがあってね」
「あんたまーだ岳志に未練あるんだにゃあ……」
アリエルはすべてを聞いた後、呆れたようにそう言った。
一つの物語が終わり、それは次の物語の始まりとなる。
物語は紡がれ続ける。
生きている限り、受け継ぐ者がいる限り。
「あー、生きるって楽しいーっ」
しみじみと叫ぶエイミーだった。
「今度は陽斗が死んだ時に深酒しなきゃいいけどにゃ」
ぼやくように言うアリエル。
「その時はその時で新たなストーリーが産声を上げるのよ」
アリエルは脱力したように苦笑した。
「なんか、悟ったみたいだにゃ。若干若返ったように見えるにゃ」
「なーに言ってんのよ。私は永遠のアラトゥエです」
「その略称がもう古いにゃ……2010年代から2020年代の略称にゃよ。ちょっとアップデートしにゃー」
呆れたように言うアリエルだった。
つづく
と言っても今回の話はここでおしまい
次回、時間は春武時代へと戻ります




