物語の終わり1
それは、もっともっと未来の話。
岳志が没し、遥香が没し、若返ったあずきも没し、天使や神や悪魔だけが取り残された時代。
「ごめんね、お姉ちゃん。私も、先に逝くね」
布団に寝転がったアリスが、ポツリと呟く。
最近はめっきり母国語も聞かなくなった。
両親も既に、随分前に没している。
「弱音を吐かないの」
エイミーは苦笑してアリスの額を叩く。
アリスは目をしパタつかせた。
「俺はまだ随分寿命がありそうだ。そんなに年が変わらないアリスの方がなんで先に……」
ガイエルが戸惑うように言う。
「血が薄いからだにゃ」
アリエルが新しい氷嚢を持ってきて言う。
彼女も人間の平均寿命では考えられないほど人間界にいる。
一度隠居し、別人を装ってアリエル二世を名乗って活動している有様だ。
「ガイエルは悪魔そのものだしギシカはハーフデビル。対して、アリスは血が薄すぎるにゃよ」
「先に遺してごめんねえ、お姉ちゃん。」
アリスが弱々しい口調で言う。
その額に、アリエルは氷嚢を乗せた。
「もう、感覚も随分鈍くなった。ぼーっとするけど、熱いとか、冷たいとか、良くわかんないんだ」
「皆そうなっていくにゃよ。春武も岳志も、遥香もそうだった」
「今ね、ちょっと後悔してることあるんだ」
苦笑交じりにアリスは言う。
「なあに?」
優しく問うエイミーである。
「春武を愛に、譲るんじゃなかったなって」
エイミーはどんな表情をして良いのかわからず、一瞬真顔になった。
すぐに苦笑する。
「譲っといて後悔するなんて私の妹にあるまじき失策ね」
「けど、あの時は自分の長い寿命に春武を付き合わせるのは残酷だと思ったんだ……」
そう、弱々しく呟いて、そっぽを向く。
「最期だから言う、本音。私を追いかける春武は、なんだかんだで可愛かった。家庭をもって格好良くなっていく彼はもっと魅力的だったけどね」
「良く我慢してくれたわ。娘はおかげで良いパートナーと共に良い一生を終えられた」
「うん、愛が幸せで、良かったなあ……」
我が身のことのように幸せそうにアリスは言う。
愛も長寿だったが、所詮人の身。限界は早かった。
春武が死んでその孫が成人した頃にふっつりと消えてしまった。
肉体も残さず消滅してしまったのだ。
まるで、母体の中に現れた時のように。
「最期だし、愛もいないから言う、本音ね。もう、二度と言わない」
「うん。わかった」
エイミーは優しく言って、アリスの頭を撫でる。
「あの頃は楽しかったね」
しみじみとした口調でアリスは言う。
「岳志さんがいて、遥香さんがいて、春武がいて、千紗がいて、愛がいて、ギシカがいて、辰巳君や信玄君がいて」
「そうね、賑やかだった。今じゃ、皆でひっそり隠居生活だものね」
「春武の子孫達も随分長く続いてるけど、会えなくなっちゃったね」
「けど、流石岳志の血よ。活躍してる」
「うん、血は争えないね」
春武や岳志のことを語る時だけ、アリスの口調に力が戻る。
それがエイミーを元気づける。
エイミーはアリスを残すと、アリエルを手招きして、部屋を出た。
「どれぐらい、時間があるのかしら」
「半年……いや、もっと短いかも」
アリエルは深刻な表情で言う。
エイミーは胃に重石を落とされたような気分になる。
「そんなに急にああなるものなの?」
「悪魔は最盛期が長いにゃよ。老いる時はあっという間にゃ」
「そういうものなのね……」
溜息を吐くエイミーだった。
「何度来ても、慣れないわね。こういう時って」
「また深酒の介抱は嫌にやよー。愛や岳志が死んだ時は特に酷かった」
苦い顔で言うアリエルである。
「うん。流石に実の娘と付き合いの長い初恋の人はね」
「今回は実の妹にゃ」
アリエルは言う。
「耐えられるにゃ?」
エイミーは考えこむ。
「なんで神様は、私にこんな長い寿命を与えたのかしら」
「それを言ったら、天使の私も同じにゃ。ほぼ無限の時を生きるにゃよ」
ぼやくように言うアリエルである。
「閉じた時間に戻ったアウラはこんなこと考える必要なく一生を終えたんだろうにゃ。まったく気軽なもんにゃ」
「彼女、最期まで友田君の熱狂的なファンだったわね」
「ありゃ最早フーリガンにゃ」
思い出してぼやくように言うアリエルである。
「最期までの付き合いは貴女になるかしら。アリエル」
「多分私も創世神の気まぐれが終わるまでは付き合わされるにゃ。あの方が興味を示していた春武も死んだ今じゃどんな存念かは知らないけどにゃ」
沈黙が漂う。
所詮は人と同じ、不安定な身の上か。
自虐的にエイミーはそう思う。
「まあ世界は続いているにゃ」
アリエルは気を取り直したように言う。
「私達は生きる意味があるはずにゃ」
「例えば?」
「私にとっては歌だにゃ。なんだかんだで初代アリエルの曲も今の時代まで残ってるからにゃあ」
「教科書に乗ってたわよ」
「にゃ!?」
悲鳴のような声を上げるアリエルだった。
「著作権料入ってきてないにゃよ?」
「著作権は作者の死語七十年までだし、あんた戸籍上は一度死んだことにしたでしょ。私もだけど」
「あー。長寿ですで押し通せばよかったにゃ」
「無理があるわよ」
そう言って苦笑して自室に戻り、件の教科書を開く。今ではすっかり教科書も電子書籍だ。読み上げ機能までついている。エイミーはそれを改造してオフにしているが。
大谷翔平の写真と、井上岳志の写真が並んで写っている。
「今じゃもう偉人の仲間入りだね、岳志」
呟くように言って本を閉じると、天を仰いだ。
今でも鮮明に思い出せる。
あのブランコの質感。握った手の温かさ。
どうして自分はこんなにも遠い所まで来てしまったのか。
どうして自分は皆に置いていかれるのか。
「……飲みたいな」
ぽつり、と呟く。
アリスが逝くまでは、まだ。
気丈であろう。
そう思い、エイミーはアリスの部屋に戻った
つづく




