幕間/両親の加齢について相談する井上夫妻
「親父老けたわ」
WBC本戦で戻ってきたアメリの地で春武が語ったのはそんな言葉だった。
妻の愛はソファーに寝転がってポテチをつまみながら言う。
「そりゃそうよ。二十代前半の時に生まれたあんたが何歳になったと思って」
「エイミーさんとアリスは老けてなかった」
「げんなりするよね」
他人事のように言う愛だった。
エイミーは模造神。作られた神だ。アリスはその異母姉妹で悪魔の遺伝子を受け継いでいる。
だから、両者老けない。もしくは老けるのは遅い。
愛はその模造神の分身だから、やはり老けないのかも知れない。
「今は白髪が増えて筋肉が落ちた程度だけど、この先を考えると、いつまでもメジャーでプレイするのは現実的じゃないかもしれない」
春武の言葉に、愛は思わず上半身を起こす。
「お義父さん、お金は相当あるでしょ? 給料は今の時代より少なかったとは言えど殿堂入り選手よ。メジャー年金もある。私達が心配することかしら」
「んー、けどなあ。しかしお前、エイミーさんとか心配にならないの?」
「ママはいつまでも若いから」
自分で言ってて戯言じゃないのが怖いところだった。
愛はふっと苦笑する。
「なあに、里心ついたの?」
春武は考え込む。
「んー。かもなあ」
そう言って、荷物を降ろし、歩いていく。
「何処行くのー?」
「トレーニングしてタンパク質補給」
(変わんないなあ)
どうやら久々に行った日本は、相当居心地が良かったらしい。
それはそうだ。知人も幼馴染も地元の方が多い。
ただ、世界最高峰の舞台でやりたいという思いだけで異郷にいる。
揺れる日もある。
今日はうんと美味しいアメリカ式の料理を振る舞うか、と結論づけた愛だった。
どの道、数年前に長期契約を結んだから、しばらくはアメリカにいることになるとは思うのだが。
春武の叔母の六華は今や国政を担う身。その娘のギシカは結婚しているから、春武の両親の面倒を頼むならそこらが落としどころかな、と思う。
エイミーはエイミーでいつまでも若いんだろうしアリエルというこれまた老けない親友も傍にいる。大丈夫だろう。
故郷が恋しくない自分にふと気づく。
元々、適応が早い性分だった。
良く女々しい春武と一緒にいられるなあと思う。
ま、その女々しい春武が頑張ると言っている間は付き合うか、とそう思い直した。
愛は調理に向かう。
そして、春武の荷物の上に置かれたスポーツ新聞を見つけ出し、その見出しに目を剥く。
辰巳投手が翔吾内野手にヒーローインタビューで大告白、シカゴと大阪間で育まれた愛情、とある。
どちらも愛と春武の共有の知人だ。
愛はスポーツ紙を丸めて棒状にすると、春武の後を追っていってその頭に叩きつけた。
「あんた、こーいう大事なことは先に言いなさいよ」
どうせ、翔吾との浮気の件を蒸し返されるのが嫌で、躊躇っていたのだろう。
溜息を吐きたいような気分になる。
「あ、知らなかった?」
とぼける春武である。
「知らないわよ」
「配信してたら聞いてるかなって」
「あんたと結婚してから配信辞めたでしょ」
知ってるくせに、と思う。
「まあそう言うことだ」
とだけ言うと、春武は手を止めていたマシントレーニングを再開した。
まったく。
良くやっていけるものだと思いつつ、これからも続けていくのだろうな、と思う。
夫婦なんてこんなものなのかもしれない。
とりあえず、手料理だ。
アメリカで男子が好みそうな料理は手間がかかるものが多いのだ。
腕まくりしてキッチンに向かって歩き出した。
なんだかんだで自分は春武が好きなのだろう。
多分。
最近では情熱もめっきり冷めて、でっかい子供を一人持ったような心持ちだが。
つづく




