WBC開幕前夜9
強化試合も最後になった。
MLB組も全員合流し、侍ジャパンはオールスターのような豪華メンツ。
打順の八割がメジャーリーガーだ。
かつてサッカー界にあった海外リーガーばかりの国民にとって馴染み薄い代表。
それが現状の球界に起きている。
そんな中、NPBの筆頭格でもある翔吾は、踊っていた。
往年の川崎宗則を沸騰とさせる動きだ。
先発投手の辰巳はそれを見て苦笑する。
「なんだありゃ」
「らしくて良いんじゃないか?」
信玄も苦笑交じりに言う。
「あいつ国を渡っても案外変わんないキャラで変わんない成績残したりしてな」
信玄の言葉に辰巳は考え込む。
身体能力のハンデを技術で埋めてきた翔吾だ。
渡米しても。
そんな考えが一瞬、脳裏に沸く。
しかし、それは実現しないだろう。
それを実現させるのは、さらに未来の翔吾の後を継ぐものだ。
こうして野球界はバトンを繋いできた。
そしてその結果が、MLBで活躍する選手が八割を占める打線。
「二連覇だっけ、信玄」
「おう」
「やるぞ」
信玄は白い歯を見せて破顔した。
「おうよ」
この日の辰巳は、どうしてもやりたいことがあった。
だから、序盤から飛ばしまくった。
信玄も二打席連続アーチと大活躍。
三番の友田も三安打二盗塁と絶好調だ。
そして、DHの辰巳も、七回無安打無失点一HRという二刀流として恥ずかしくない成績を残した。
ヒーローインタビューでインタビュアーにマイクを差し出される。
「WBC前に絶好調ですね。そのまま調子を維持できそうですか?」
「ええ、それに今日はやりたいこともあった。私的なことですが聞いてくれますか?」
美人のインタビュアーが怪訝そうな表情になる。
「というと?」
辰巳は大きく息を吸って、叫んだ。
「翔吾ー! 結婚してくれー!」
会場がどよめく。そして大爆笑。
いや笑うところかそこ
ドキドキしながら翔吾に視線を向ける。
「もう逃げ場は地球上に存在しなくなったぞおめー」
会場の反応に拗ねるように言う。
翔吾は居心地が悪そうにベンチで小さくなっている。
「返事、聞いてきてくれますか?」
インタビュアーに悪戯っぽく微笑む。
インタビュアーは大きく頷くと、目を輝かせながらベンチに歩いていった。
会場中の視線が翔吾に向く。
「翔吾選手、返事は?」
「あー、そのー、えーっと……」
困ったような翔吾の声が場内に響く。
「ずるいよ、逃げ場塞ぐんだもん」
拗ねたように言う。
またどっと沸く会場。
「だってそうしないとお前逃げるだろ」
辰巳は大声で言う。
「で、返事は?」
いつだってそうだった。
辰巳は翔吾を引っ張っていく。
いつからだろう。
その関係性が壊れたのは。
良くも悪くも二人は大人になり、また子供に戻ろうとしていた。
「あー……イエス」
翔吾はそう言うと、駆け去っていってしまった。
拍手喝采が起こる。
インタビュアーが戻ってくる。
「おめでとうございます、辰巳選手。これで一家の柱ですね」
「WBCで全力を出します。家族のためにもね」
苦笑交じりに言って、ヒーローインタビューを締めた。
そして、インタビュアーはもう一人のヒーロー、信玄に向かう。
これで家族持ちかあ。
なんだか落ち着かないふわふわとした気持ちだった。
WBC本戦決勝、辰巳は八回のマウンドにいた。
強力ドミニカ打線が容赦なく襲いかかってくる。
二塁には翔吾。
今なら、なんにだって勝てる気がした。
辰巳は振りかぶって、投げた。
白球が勢い良くキャッチャーミットに吸い込まれた。
WBC編は終わり
つづく




