WBC開幕前夜8
「いやいやいやいや」
春武は否定するように両手を前に出す。
「俺ももう妻子持ちだぞ」
そう言えば彼は結婚が早かった。
「じゃあ翔吾と寝たってのはデマか?」
「えーっと……」
春武は声を濁して視線を逸らす。
「十年近く前の、事故だよ」
「事故って言い方酷くない?」
「お前はややこしくなるから口を挟むな」
春武が情けない声で懇願するように言う。
「そうだぞ。何ならお前は邪魔まである」
辰巳の言葉に翔吾は頬をふくらませる。
「なによー。春武と私が寝たのに嫉妬してるんじゃない。ちっちゃいわねえ。そこを乗り越えない限りあんたとはないわー」
「乗り越えれば、あるのか?」
念を押すように、言う。
怯むように、翔吾は一歩後ろに退く。
アホ毛が、揺れた。
「……納得、できる?」
翔吾が、おずおずといった感じで言う。
「それも含めてお前なんだろ」
自然と出てきた言葉がそれだった。
なんだ、自分の中で、結論なんて既に出てたんじゃないか。
「いいさ、受け入れるさ。お前こそ、十勝十敗の投手でいいのか?」
「移籍して」
語尾にハートマークでもつきそうな口調で言う。
「今のチームに愛着がある」
翔吾はしゅんとした表情になる。
「けど、お前は諦めない。十勝十敗の投手で諦めろ」
翔吾は上目遣いに辰巳を見る。
「それじゃ、その……」
「うん」
沈黙が漂う。
「やっぱ私こういう真面目なの、むーりー!」
そう言って翔吾は駆け去っていってしまった。
「流石名手。軽いフットワークだ」
春武が感心したように言う。
「……ここまで来て逃げるか?」
信じられないものを見たような感想の辰巳だった。
つづく




