WBC開幕前夜5
試合後、辰巳は監督室に呼び出された。
「おーおー、来たか」
岳志は椅子に腰掛けている。
随分と細くなった。
現役時代の筋骨隆々とした姿が嘘のように。
「序盤、らしくなかったな。理由はわかるか?」
辰巳はしばし考え込み、頷く。
「自分の、心の問題です」
「解決したか?」
岳志は目を細めて言う。
若者の成長を見守るように。
「どうだろう。多分、今後のコンディションに影響はないと思います」
「なら、いい」
辰巳は拍子抜けした。
原因を問われると思ったのだ。
「疑わないんですね?」
「お前の実績は十分だ。疑ったら失礼だと思っているよ」
「そうメジャーの選手ばっかり優遇したらチームがまとまらないと思うけどなあ……」
「メジャーリーガーだからじゃない。お前だからだよ」
さらりと告げられた言葉に、心揺さぶられた。
危ない、と思い踏みとどまる。
人たらしと言われるだけのことはある。
「翔吾はどうですか。オリックス・バファローズで上手くやっていますか?」
岳志の監督時代と翔吾のキャリア開始の時期は近い。
岳志は悪戯っぽく微笑んだ。
「新人殺しの翔吾、って通り名はしってるか?」
「てんで」
苦笑しつつ言う。
「男社会で過ごしてきた連中が集まるプロだ。その中で人懐っこい可愛い女の子が一人。馴染んできた奴は彼女に気に入られようと力んだり無理をしたりする。それでから回るんだな。だから、新人がオリックス・バファローズで二年目のジンクスに陥ると言うんだよ。魔女に捕まったってな」
辰巳は思わず吹き出してしまった。
「とんだ悪役令嬢だ」
「けどしょーちゃんは紛れもないムードメーカーだよ。技術もある。身体能力で突出していない女性選手で一軍レギュラーー張ってるだけのものがな。青高の秘蔵っ子なだけはある」
「まさか本当に、女性初のNPB選手になるとは思わなかったなあ……」
一時期ナックル姫と呼ばれる選手がいたが、女性が野球で活躍するとしたらああいう変わり種だと思っていた。それほど、男女の身体能力差は大きい。それを覆す翔吾の技量がいかに卓越しているかと言えるだろう。
「で、お前も魔女にやられたクチかい?」
岳志は見通すように言う。
辰巳は参ってしまった。図星だからだ。
「春武と翔吾が寝たって本当ですか?」
岳志はぎくりとした表情になる。
苦笑する。
その表情。本当だ。
「いや、あれは事故でだな……」
「というと?」
「いやな、あいつ、男の子みたいな名前じゃないか。それで寮の部屋割りを間違えられて春武と同じ部屋になった。その時のしょーちゃんはちょっと特殊な力を手に入れて正気じゃなくてな。衝突事故みたいなもんだ」
特殊な力、か。
なんとなく、黒幕の輪郭が見えてきた気がした。
「お前、翔吾との未来を考えているのか?」
恐る恐る、といった感じで岳志が問う。
「まさか。奴はただの幼馴染ですよ」
苦笑交じりに言う。
部屋を出た。
揺れるアホ毛。
翔吾が慌てて飛び退いていた。
「なにやってんだ、お前」
呆れ混じりに言う。
「いや、いやいやいやいや」
慌てていった後、すっと表情を引き締め、冷たい口調で言う。
「なんでもないよ。関係ないでしょ」
そう言うと、釣れない様子でさっさと去っていってしまった。
「新人殺しの翔吾、か」
そりゃ、ああ喜怒哀楽がコロコロ変わるやつが傍にいれば調子も狂うかも知れない。
あながち、噂も間違いではなさそうだ、と辰巳は苦笑した。
WBCは近づきつつある。
これからどんどんメジャー組が合流してくるだろう。
世間的な注目が高まってくることも確かだった。
つづく




