第八話 事故の話はしない
夜は静かだった。
学院の寮の一室。
窓の外には月が浮かんでいる。
カイトは、眠れていなかった。
「……っ」
目を閉じても、消えない。
炎。
崩れる音。
誰かの叫び声。
——逃げなさい。
ぼやけた声。
だが、確かに覚えている。
「……誰だよ」
自分に問いかける。
答えは返ってこない。
記憶は、そこで途切れている。
——白い光。
それだけが、最後に残っている。
「……くそ」
ベッドから起き上がる。
頭の奥が、鈍く痛む。
思い出そうとすると、邪魔されるように。
「……なんなんだよ」
それ以上は進まない。
いつも通りだ。
——翌朝。
「顔、ひどいわよ」
リゼルが言った。
パンをかじりながら、カイトは顔をしかめる。
「うるせぇ」
「寝てないでしょ」
「寝た」
「嘘ね」
即答だった。
カイトはため息をつく。
「……夢見が悪かっただけだ」
「……事故の?」
一瞬だけ、空気が止まる。
カイトは視線を逸らす。
「……まあな」
短く答える。
それ以上は言わない。
言いたくない、ではなく——
言えない。
「覚えてるの?」
リゼルの声は静かだった。
詰めるようなものではない。
ただ、確認するように。
「……ほとんどな」
正直に答える。
「気づいたら終わってた」
それが事実だった。
気づいたときには、すべてがなくなっていた。
「……そう」
リゼルはそれ以上聞かない。
しばらくの沈黙。
—
「無理に思い出す必要、ないんじゃない」
ふと、リゼルが言う。
カイトが顔を上げる。
「必要になったら、勝手に出てくるでしょ」
あっさりした言い方。
だが。
「今は、目の前のことやればいいじゃない」
パンを一口食べる。
「寝不足で足引っ張られる方が困るわ」
現実的な理由。
だが、それだけじゃない。
「……お前な」
カイトは苦笑する。
「優しいのか雑なのか分かんねぇな」
「両方よ」
即答だった。
—
「……まあ」
カイトはパンをかじる。
「確かに、今はそれでいいか」
無理に思い出す理由はない。
今は。
—
立ち上がる。
「行くぞ」
「ええ」
リゼルも立つ。
自然と、距離が近づく。
—
歩き出す。
並んで。
—
「ねえ」
リゼルが言う。
「ん?」
「一人で抱え込むな」
足が止まる。
—
「……別に抱えてねぇよ」
「嘘ね」
即答。
—
一歩、近づく。
「契約してるんだから」
当然のように言う。
「距離、取るな」
—
それは、魔法の話であり。
それだけではなかった。
—
カイトは少しだけ黙る。
それから。
「……了解」
小さく笑った。
—
その距離は、変わらない。
—
そして。
—
遠く。
誰もいないはずの場所で。
「……思い出しかけているな」
黒い外套の男が呟く。
—
その目は、確信していた。
—
「だが、まだ足りない」
—
風が吹く。
—
その存在は、誰にも知られないまま。
—
静かに、二人を見ていた。




