第五話 学院という場所
朝の鐘が鳴る。
規則正しく、学院の一日が始まる合図。
「……最悪ね」
リゼルは席に着いたまま、小さく呟いた。
周囲の視線が、昨日までとは明らかに違う。
ひそひそと交わされる声。
「ねえ、あれが……」
「契約失敗したって……」
「でも戦闘は普通だったって聞いたけど……」
全部、聞こえている。
聞こえていないふりをしているだけだ。
「気にするなよ」
隣からカイトがぼそっと言う。
「気にしてないわ」
即答。
だが、ほんの少しだけ声が硬い。
「ならいいけど」
「いいのよ」
視線を前に向ける。
逃げる気はない。
—
「リゼル・アストレア」
教師の声が響く。
「昨日の討伐訓練について説明してみろ」
教室が静まる。
全員の視線が集まる。
リゼルはゆっくり立ち上がる。
「……連携を重視した戦闘でした」
簡潔に。
無駄なく。
「魔法運用は問題なかったか?」
一瞬。
間が空く。
カイトが横目で見る。
リゼルは答える。
「問題ありませんでした」
嘘ではない。
ただ——すべてを言っていないだけ。
教師はしばらくリゼルを見ていたが、
「……座れ」
それ以上は追及しなかった。
—
「うまくやったな」
カイトが小さく言う。
「当然よ」
「説明足りなくね?」
「足りてるわよ」
必要なことだけでいい。
それがリゼルのやり方だった。
—
授業が終わる。
すぐに人だかりができる。
「ねえ、本当に魔法使えないの?」
「でも昨日すごかったって——」
質問が飛ぶ。
視線が刺さる。
—
「どいて」
一言。
それだけで空気が変わる。
道が開く。
リゼルはそのまま歩き出す。
カイトも後を追う。
—
中庭。
少し人の少ない場所。
「……めんどくせぇな」
カイトが言う。
「放っとけばいいのよ」
リゼルはベンチに座る。
「どうせすぐ飽きるわ」
実際、その通りだ。
噂は流れるもの。
だが——
「完全には消えねぇだろ」
カイトの言葉に、リゼルは少しだけ黙る。
—
「……別にいいわ」
視線を逸らす。
「戦えればそれでいい」
それが本音だった。
—
「リゼル先輩!」
明るい声。
振り返ると、小柄な少女が駆け寄ってくる。
「ミリアよ」
リゼルが小さく言う。
「昨日の戦闘、見てました!」
目を輝かせている。
「すごかったです!」
「普通よ」
「普通じゃないです!」
全力否定。
カイトが苦笑する。
—
「その……また一緒に訓練してもいいですか!」
期待に満ちた目。
リゼルは少し考える。
—
「……いいわよ」
「本当ですか!?」
ぱっと顔が明るくなる。
—
「ただし」
リゼルが言う。
「邪魔しないこと」
「はい!」
元気よく返事。
—
「にぎやかになるな」
カイトがぼそっと言う。
「嫌なら来なければ?」
「誰が行かないって言った」
即答。
—
三人で歩き出す。
—
その様子を、少し離れた場所から見ている人物がいた。
長い銀髪。
静かな目。
セレスト。
—
「……妙ね」
小さく呟く。
—
距離。
動き。
連携。
—
どれも優秀。
だが。
—
「噛み合いすぎている」
—
自然ではない。
—
「……もう少し観察が必要ね」
—
その目は、確実に二人を捉えていた。
—
学院という場所。
—
日常。
噂。
視線。
—
そして。
—
隠された秘密。
—
それらすべてが、静かに絡み合い始めていた。




