第三話 離れるな
訓練場の空気とは違う。
湿った土の匂い。
張り詰めた気配。
学院の外縁、簡易的に整備された討伐区域。
「……本当に出るのね」
リゼルが小さく呟く。
「訓練って名目だけどな」
カイトが軽く言う。
だが、その目は周囲を見ていた。
魔獣は、油断すれば死ぬ。
それがこの世界の前提だ。
「来るぞ」
その一言の直後。
草むらが揺れる。
低い唸り声。
飛び出してきたのは、狼型の魔獣だった。
「——っ!」
リゼルが一瞬だけ固まる。
「前出る!」
カイトが踏み込む。
剣、《ネメシス・リベリオン》が振られる。
空気が震える。
「今だ!」
「はぁっ!!」
反射的に杖、《アルカナ・コーデックス》を振る。
炎が走る。
直撃。
魔獣が焼かれ、地面を転がる。
だが。
「もう一体!」
背後から気配。
「カイト!」
「分かってる!」
振り返る。
だが——距離がわずかに開いている。
「っ——」
リゼルが杖を振る。
何も起きない。
一瞬の空白。
「詰めろ!!」
カイトが叫ぶ。
リゼルが踏み込む。
距離が戻る。
「はぁっ!!」
炎が発動する。
魔獣を焼き払う。
静寂。
「……今の」
リゼルが息を整えながら言う。
「距離よ」
カイトが即答する。
「離れたら出ねぇ」
「分かってるわよ……!」
だが、それは“分かっている”と“できる”は別だ。
戦闘中に距離を維持する。
それがどれだけ難しいか。
「もう来るぞ」
三体目。
今度は同時に。
「散るな!」
カイトが前に出る。
リゼルがその後ろに付く。
自然に。
「右!」
「見えてる!」
剣で受ける。
弾く。
「今!」
「はぁっ!!」
炎。
一体撃破。
だがもう一体が横から来る。
「カイト!」
「来い!」
カイトが位置をずらす。
リゼルが合わせる。
距離が崩れない。
「そこ!」
「分かってる!」
炎と同時に、剣が振られる。
連携。
成立する。
最後の一体が逃げようとする。
「逃がすか!」
カイトが追う。
リゼルも動く。
距離を保ったまま。
「はぁっ!!」
炎が背中に直撃する。
魔獣は倒れた。
——戦闘終了。
「……はぁ……」
リゼルが肩で息をする。
「……疲れた」
「初実戦だしな」
カイトが剣を収める。
「でも」
一拍。
「やれたな」
リゼルが顔を上げる。
周囲を見る。
倒れた魔獣。
焼け焦げた地面。
「……ええ」
確かに。
自分は戦った。
魔女として。
「悪くないわね」
小さく言う。
「だろ?」
カイトが笑う。
「調子に乗らないで」
「乗ってねぇ」
軽口。
だが。
その空気は、昨日とは違う。
「次はもっといけるわ」
リゼルが杖を握る。
「距離も、もっと安定させる」
「了解」
カイトも剣を握る。
自然と、距離を取る。
意識せずとも。
それが、今の二人の“形”。
——離れない。
それが戦う条件であり。
それ以上の意味を持ち始めていた。




