第二話 近くにいなさい
朝の空気は冷たかった。
学院裏の訓練場には、まだ人影は少ない。
その中央に、リゼルとカイトは向かい合っていた。
「——で?」
リゼルが腕を組んだまま言う。
「どうやって使うのよ、それ」
視線はカイトの持つ剣、《ネメシス・リベリオン》へ向けられていた。
「昨日言っただろ」
カイトは軽く剣を振る。
「俺が溜めて、お前が撃つ」
「雑すぎるのよ」
即答だった。
「もっと理屈とかあるでしょ」
「知らん」
「知らないで渡したの!?」
「使えればいいだろ」
リゼルは額に手を当てた。
「……本当に大丈夫なのこれ」
だが、迷っている時間はない。
「……いいわ、やる」
杖、《アルカナ・コーデックス》を構える。
カイトが一歩踏み込む。
空気がわずかに震えた。
「今だ」
「っ——!」
反射的に杖を振る。
次の瞬間。
ぼっ、と小さな炎が生まれた。
数歩先で弾ける。
沈黙。
「……出た」
リゼルが呟く。
「だから言っただろ」
「どういう理屈よ!?」
「知らんって言ってるだろ」
「最低ねあんた!」
杖で殴られる。
「痛っ!」
だが。
確かに魔法は発動した。
契約によるものではない。
だが、魔法だ。
「……もう一回」
リゼルは構え直す。
今度は意識的に。
カイトが剣を振る。
「今」
炎。
さっきより安定している。
「……できる」
リゼルの声がわずかに変わる。
絶望ではない。
確かな手応え。
「だから言ったろ」
「偶然じゃないわね」
何度か繰り返す。
炎の大きさが安定していく。
「……風もいけるかしら」
「やめとけ」
「うるさい」
杖を振る。
一瞬、何も起きない。
「ほら見ろ——」
「黙って」
集中する。
もう一度。
空気が揺れる。
弱い風が発生した。
「……できた」
リゼルが息を吐く。
だが、その直後。
数歩下がる。
「……あれ?」
もう一度杖を振る。
何も起きない。
「カイト」
「ん?」
「遠いと、届かない」
カイトは一瞬だけ考える。
それからあっさり言った。
「当たり前だろ」
「は?」
「契約あるんだから」
リゼルが止まる。
——確かに。
魔法は契約者と共に成立する。
距離が離れれば成立しない。
それは常識。
「……そういうことね」
距離を詰める。
再び杖を振る。
炎が発動する。
「……安定した」
「だから言っただろ」
リゼルは小さく息を吐く。
昨日まで“失った”と思っていたもの。
それが、まだここにある。
完全ではない。
だが。
「……やれるわ」
顔を上げる。
その目は、もう折れていなかった。
「当然だ」
カイトが言う。
「俺がいるからな」
「……は?」
リゼルが睨む。
「調子に乗らないで」
「乗ってない」
「乗ってるわよ」
「事実言っただけだ」
一瞬の沈黙。
リゼルがそっぽを向く。
「……まあ、使えるならいいわ」
だがその声は、少しだけ軽かった。
「次」
杖を構える。
「もっと詰めるわよ」
「はいはい」
カイトも剣を構える。
距離を取ることなく。
自然に並ぶ。
それが、今の二人の“形”だった。
偽りの魔法。
だが。
確かに戦える力。
その事実だけで、十分だった。




