第十話 崩れる静寂
森の奥は、やけに静かだった。
「……来るわよ」
セレストの声が低く落ちる。
討伐区域のさらに外側。
通常なら立ち入りを避けるべき場所。
それでも——来た理由は一つ。
あの“影”を確かめるため。
「全員、間隔保て」
レオンが指示を出す。
「でも離れすぎるな。魔法切れる」
当然の確認。
それが、この世界の前提。
「問題ないわ」
リゼルは一歩前へ出る。
カイトがすぐ横に並ぶ。
距離、問題なし。
—
「……いる」
カイトが呟く。
空気が、わずかに歪む。
気配はある。
だが見えない。
—
「出てこい」
レオンが声を張る。
沈黙。
—
その直後だった。
「——下だ!!」
カイトが叫ぶ。
地面が裂ける。
衝撃が突き上げる。
「っ!」
全員が飛び退く。
見えない。
だが、確実に“何か”が動いている。
—
「……来たわね」
リゼルが構える。
杖、《アルカナ・コーデックス》。
カイトも剣、《ネメシス・リベリオン》を構える。
—
「また会ったな」
声。
振り返る。
—
そこにいた。
黒い外套。
ゼクト。
—
「……あんた」
リゼルが睨む。
「何者よ」
ゼクトは少しだけ首を傾ける。
「観察者だと言っただろう」
同じ答え。
—
「ふざけないで」
リゼルが踏み込む。
「名乗りなさい」
—
ゼクトは、少しだけ笑った。
「名前が欲しいか」
一拍。
—
「なら——ゼクトだ」
—
その名前は、静かに落ちた。
だが、重い。
—
「……ゼクト」
リゼルが繰り返す。
—
「で?」
カイトが言う。
「何の用だ」
—
ゼクトは答える。
—
「確認だ」
—
「お前たちの“異常”を」
—
空気が変わる。
—
「全員、構えろ!」
レオンが叫ぶ。
—
その瞬間。
違和感。
—
ほんの一瞬。
全員の動きが“遅れる”。
—
「なっ——」
その隙。
—
衝撃。
—
「ぐっ!」
ミリアが吹き飛ぶ。
—
「ミリア!」
リゼルが叫ぶ。
—
「今の……何?」
セレストが低く言う。
—
「時間が……ズレた?」
—
理解不能。
—
「面白いな」
ゼクトが言う。
—
「この世界の“規則”に従っていない」
—
「……何言ってんのよ」
リゼルが睨む。
—
「そのままだ」
—
一歩、踏み出す。
—
圧が変わる。
—
「来るぞ!!」
カイトが叫ぶ。
—
攻撃。
見えない。
だが来る。
—
「ぐっ……!」
剣で受ける。
衝撃が腕を軋ませる。
—
「今!!」
—
「はぁっ!!」
炎が走る。
—
直撃。
—
だが。
—
「軽いな」
—
ゼクトは動じない。
—
「……硬いわね」
「分かってる」
—
再び踏み込む。
距離を詰める。
—
「風、混ぜる!」
「やれ!」
—
炎と風。
圧縮。
—
外套が揺れる。
—
初めての変化。
—
「……なるほど」
—
ゼクトが呟く。
—
「少しは通るか」
—
その瞬間。
—
空気が変わる。
—
「まずい!」
セレストが叫ぶ。
—
「来る!!」
—
今までとは違う。
—
重い。
—
「——っ!!」
—
衝撃。
—
カイトが吹き飛ぶ。
—
「カイト!!」
—
距離が開く。
—
魔法が止まる。
—
「……っ!」
—
迷いはなかった。
—
リゼルが走る。
—
一直線に。
—
「来るな!!」
—
「うるさい!!」
—
そのまま飛び込む。
—
距離、回復。
—
「はぁぁぁっ!!」
—
炎が爆発する。
—
ゼクトを包む。
—
煙。
—
静寂。
—
「……やった?」
—
ミリアが言う。
—
だが。
—
煙が晴れる。
—
ゼクトは——立っていた。
—
ただ。
—
一歩だけ、後ろに下がっていた。
—
「……いいな」
—
初めての評価。
—
「だが、まだ足りない」
—
一歩、下がる。
—
「今日はここまでだ」
—
「逃がすか!」
—
カイトが踏み出す。
—
「やめろ!」
セレストが止める。
—
「追えない」
—
ゼクトは笑う。
—
「また会おう」
—
そのまま。
—
消えた。
—
完全に。
—
沈黙。
—
「……何よ、あれ」
リゼルが呟く。
—
誰も答えられない。
—
「……普通じゃない」
セレストが言う。
—
「この世界の理屈が通じてない」
—
その言葉。
—
全員が理解する。
—
「あれは——」
レオンが言う。
—
「敵だ」
—
—
帰り道。
—
空気は重い。
—
「……ねえ」
リゼルが言う。
—
「ん?」
—
「さっきの、何だったの」
—
カイトは少し考える。
—
「分からん」
—
正直な答え。
—
「でも」
—
一拍。
—
「ろくでもないのは確かだ」
—
リゼルは小さく頷く。
—
「……ええ」
—
—
見えない敵。
—
だが確実に。
—
世界は、静かに崩れ始めていた。




