第一話 逮捕されない人
実話にあった話をベースに少しずつ固有名詞をぼかしています。
私、朝霧理子。二十五歳。
普通の会社員で、普通の人生を歩むはずだった。
──あの男と出会うまでは。
半年間、婚約していた相手の名前はジェイソン・ハリス。
横須賀基地に駐屯する米海軍の兵士で、日本語も流暢。
見た目は爽やかで、優しげで、私の両親も「頼もしい」と太鼓判を押していた。
……でも、私だけは知っている。
彼の裏の顔を。
ある夜、仕事を終えて帰宅すると、部屋の中に知らない男が立っていた。
マスク、手袋、刃物。
……そして、なぜか私の部屋の合鍵。
「ジェイソンさんに頼まれてきました。『本物の愛なら危険を乗り越えられる』って……」
血の気が引いた。
これは「試し」なんかじゃない。ただの犯罪だ。
私はとっさに通報し、警察が駆けつけてくれた。
男は拘束され、事情聴取を受ける。
合鍵を渡したのがジェイソン本人だと判明した。だが私は彼に合鍵を渡したことなんかなかった。
調べると、2本あったはずの合鍵のうち一本がいつのまにか消えていた。
問題はそこからだった。
警察署に連行されたジェイソンは、取り調べで声を荒げた。
「ノー! これはラブのテスト! 真実の愛を確かめただけだ!」
「俺を逮捕する? バカを言うな、俺は米軍だぞ! 地位協定があるんだ!」
刑事たちは顔を曇らせ、最終的にジェイソンは釈放された。
理由は簡単。日本の警察では米軍兵士を簡単に逮捕できないから。
釈放後、私の前で彼は胸を張って言い放った。
「ほら見ろ! 俺たちは運命で結ばれている! だから日本の法律なんかに邪魔されない!」
──いやいやいや。
どこの世界に「闇バイトで婚約者を襲わせるのが真実の愛」なんて理屈が通るの?
私は冷ややかに答えた。
「あなたが逃げられるのは、愛のせいじゃなくて“地位協定”のせいです」
その瞬間、周囲にいた人たちが吹き出しそうになっていた。
こうして私は、米軍の婚約者に犯罪行為をされながらも、法律の壁に阻まれるという奇妙な経験をすることになった。
──でも。
彼が地位協定に守られるなら、私は「世論」と「事実」に守られればいい。
SNSに「#真実の愛(笑)」とタグをつけて、告発文を書き込んだのは、その日の夜のことだった。




