第3話 こころから
最初、カケルがココロを殴っているシーンがあります。ご注意を。
それはカケルが中学3年のとき。公園の人目につかない場所のでのことだった。
バキッ
鈍い音がしてココロの小さな体が吹き飛んだ。拳を振り落としたカケルは冷え切った目でココロを見下ろしていた。ココロは頬の痛みに耐えながら起き上がり、カケルのほうを見る。その目に恐怖も怒りも嘲りもない。まっすぐカケルを見据えていた。それにカケルの方が耐えきれず、歯を食いしばるとココロに近づきその髪を掴み上げる。皮膚を引っ張られる痛みに声をあげ、カケルの手を掴む。
「うざいんだよ。ちょろちょろちょろちょろと目障りなんだ。俺の脚が壊れてかわいそうだって同情してんのか。いらねえんだよ、そんなん。消えろ」
突き放すような言葉に、ココロは首を横に振る。
カケルは舌打ちをすると髪から手を離し、すぐに手の甲で先ほどとは逆側の頬を打つ。ココロはまた地に倒れる。中学の制服は土でボロボロになっていた。
「つまんねえんだよ、そんな安っぽい同情なんざよ。ただ向かいに住んでて、ガキんときから一緒にいただけだろうが。しつこいんだよ。うぜえんだよ」
そう叫んでから、カケルはおもしろいことを思いついたように、口端を上げた。
「そうだ。そんなに同情してくれんなら、お前の脚もダメにしてやろうか。ぐちゃぐちゃにして俺と同じようにしてやるよ」
カケルの心臓が強く鼓動する。発言内容を肯定するかのように、否定するかのように。
ココロは土を引っかきながら、上体を起こす。
「嫌」
そして力強い返答。カケルは目を見開き、顔を歪め、そして乾いた声で笑う。
「そうだよな。嫌だよな。嫌に決まってる。お前、新体操好きだもんな、楽しいもんな。それなのに脚が動かなくなったら、そりゃ死にたくなるよな」
「そうじゃないよ」
ココロがまっすぐカケルを見る。カケルは表情を落とし、両手の拳を強く握る。呼吸の仕方を忘れたように、息ができなくなった。
「もしそんなことしちゃったら、カケルくん絶対後悔するもん。これから先ずっと気にするもん。誰よりもカケルくんがカケルくんのこと、許せなくなっちゃうよ」
ココロの言葉に返答できない。カケルはカチカチと歯を鳴らす。膝が震えないように必死だった。
「カケルくんが1人になろうとするのなら、私はカケルくんの側にいる。カケルくんが他人を遠ざけようとするなら、私が近くにいつづける。カケルくんが死にたくなっているなら、私がそれを止めてみせる」
小さい体のどこにそんな力があるのか。カケルは震えた体でそう思った。
「私はカケルくんを1人にさせない」
ココロがいつものように笑う。
カケルはなぜだか、泣きたくなった。
現在。校庭に猛然とした声が轟く。
『GUOOOOOOOOOOOOOOOO』
獣の形をしているエビルは、カケルにのしかかり今にも食い破ろうとしている。
カケルはエビルの鋭い牙を掴み、なんとかそれを押し止めていた。しかし強化されているとはいえ、体勢的にカケルの方が不利だった。
エビルもエビルで、獣とはいえ本能でわかっているのだろう。気を抜けば押し負ける。だから鋭い爪も校庭の土を抉って浮かせない。全体重でカケルの喉元と顔を食わんとする。
完全なる力と力の拮抗状態。それでもカケルの方に分が悪い。
『あああああ、あかんあかん。えらいこっちゃやで。ちょっ、あたらしい乙女戦士つくらなマズい。だれかああああ、だれかおるかあああああああああ』
離れた場所でココロとおいちゃんが隠れて様子を伺っていた。しかしカケルが圧されている状況に、おいちゃんが手を口に当てて叫んだ。しかしすでに皆避難していて、人の気配はない。
ココロは胸に手を当て、顔を青くしながら必死に考える。
(カケルくんの乙女による防壁が発動しなかった。昨日は使えて今日は使えない。何が違うの?)
前回と今回の相違を思いだそうとするが、その違いが多くて決定的なものが見つからない。前回は初めての変身で、今回は2回目。前回は触手を使うエビルで、今回は獣型。前回はココロを抱きしめて、今回はココロは遠くで隠れている。
考えれば考えるほど、正解から遠ざかっているようにココロは感じた。
おいちゃんが焦っていることから、おいちゃんが正解を知っているわけではない。あくまでおいちゃんは乙女戦士へと変身させるだけで、能力を把握していない。ただおいちゃんは言っていた。それぞれの特技が、乙女戦士の武器となること。
それならカケルの武器は「走ること」で間違いない。
(《処女充電Lv1 突破いたしました》)
ふいにココロの頭に女性の声が浮かぶ。それはエビルとの戦いが終わり、学校までココロを抱えてカケルが走ったときのこと。右腕の腕時計からそれは聞こえたはず。
(チャージ・・・・・・充電? 走る? もしかして)
ココロは慌てて校庭へと駆けだした。おいちゃんが背後で呼びかけたが、ココロはそれを気にもとめない。途中ソフトボール部が落としたのであろうバットを拾い、カケルのもとへと走っていった。
(ヤバイ、このままじゃやられる)
カケルは歯を食いしばりながら、牙を握る手と腕に再度力を込める。エビルが獣の咆哮をあげるが、それに怯んでいられない。一瞬でも気を抜いたら、エビルの餌食となる。
(何で乙女による防壁が出なかった?)
カケルもココロと同じように技が発動しなかった理由を考えていた。しかし余裕のない今の状況で、深く考えることはできない。しかしこのまま力比べを続けていたら、確実に負けるのは自分だと、カケルはわかっている。悔しさに「畜生」と声が漏れる。
少しずつエビルの牙がカケルへと近づいた。
そのエビルの目をめがけて、バットが振り落とされる。カケルは息が詰まる。
バットを手にしているのがココロだったからだ。
カケルが制止の声をあげるよりも先に、ココロはもう一度エビルの目にバットを叩きつける。しかし乙女戦士以外の攻撃は効かないエビルにとって、ココロの攻撃は何の痛みもない。しかしココロは何度も何度もバットを当てていく。
「ココロ、何やってんだ! そんなのエビルには効いてないんだよ! 早く逃げろ!」
「嫌」
ココロは即答する。その顔には汗が流れている。その表情はとても真剣だった。
「私はカケルくんを1人にさせない」
ココロは無意識に言ったのだろうが、その言葉は中学3年のあの頃と同じ台詞だった。
自然とカケルは目頭が熱くなる。
攻撃は効いていないが、煩わしさはあったのだろう。エビルは大きく吠えると前足でココロの体を強く払った。足はココロに当たり、小さな体は吹き飛ばされ、地に転がる。
「ココロオオオオオオオオオオオ」
カケルは叫び、腕に力を込めた。ココロの攻撃により片足を上げたエビルは、バランスを崩される。その隙にカケルはエビルの腹めがけて蹴り飛ばした。その威力にエビルの体が飛んでいく。
カケルはエビルに目もくれず、一目散にココロに駆け寄った。ココロの左腕は青黒くなっていて、体は土で汚れている。左腕を押さえて痛みにうめき声をあげていた。それが過去の映像と被り、カケルは狼狽える。
「ココロ、ごめっ、俺が・・・・・・、俺、俺は。お前が、ケガして。あ、ああ・・・・・・」
呼吸が荒く、頭が痛む。手足が震え、視界が歪む。ココロの側で膝をついているのに、ココロに触れることができない。右手を伸ばしても、ココロに触ることを恐れた。
その右手をココロが掴む。驚きでカケルの心臓が跳ねる。ココロはカケルの手を引っ張り、その手にはめられた腕時計を注視する。呆気にとられたカケルを、ココロは強い瞳で射抜いた。
「走って」
そして告げられた内容を、カケルはすぐに理解できなかった。
「カケルくんの能力は走ること。距離か時間かはわかんないけど、走れば走るだけその力は貯まっていく。昨日は私を抱えて触手からいっぱい逃げたでしょ。カケルくんがいっぱい走れば、その分だけ力がチャージされる、と思うの。昨日の朝、チャージとか聞こえた気がする、し。・・・・・・多分」
徐々に自信がなくなってきたのか、だんだんとココロの気迫がなくなっていく。
カケルは右手にはまる腕時計を見る。腕時計だと思っていたそれは、短針は真上を向いており、長針が若干進んでいる。もしこれが時計だとしたら、夕方に近い今の時刻と当てはまらない。
「測定器、か」
その推測に納得がいく。それならば先ほど乙女による防壁が発動しなかったこともうなずける。変身してすぐに突進したから、力が貯まっているはずがない。
それがわかった途端、肩の力が抜けた。
「ココロ、ありがとう」
「そ、そんなお礼なんて。むしろ私が昨日時計のことを伝えておけばこんなことにならなかったのに。ああ、もう、昨日チャージとか聞こえた時点でカケルくんに言えばよかった。何で頭から抜けてたんだろう」
「昨日は慌ただしかったから仕方ないさ。でもココロ、そうじゃないんだ」
荒れていた呼吸はいつの間にか治まっている。カケルは笑う。
「俺を1人にさせないでくれて、ありがとう」
心からの謝罪と、感謝と、喜びを、言葉に乗せた。
ギャグが……なかった(驚愕)




