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第2話 危機

前半と後半でテンション変わります。


 放課後、カケルは生徒指導室の前で項垂れていた。

 あの後は何事もなく、というわけではないが何とか無事に1日を過ごすことができた。問題は普段なら近寄ろうともしなかったクラスメイトたちがこぞってカケルに質問責めをしたことである。

 今の今まであんなに一斉に話しかけられたことはなかった。それこそ脚を痛める前でだって、あんなにも言われたことはない。しかしその内容がすべておいちゃんのことというのが解せなかった。


「おいちゃん放っておいて帰ろうかな。でももしエビルが来たら変身できないとマズいし。そもそもおいちゃん無視して帰ったら、あとでめんどくさくなりそうだ」


 カケルはわかっている。生徒指室の扉を開けておいちゃんを返してもらわないといけないことに。ただそれをするのにとてつもない躊躇がある。

 カケルは担任の水原が苦手だ。これはカケルだけでなく、クラス中の総意である。

 無表情、無口。しゃべっても威圧感しか感じない。顔も整っているが、それも冷たい印象を与えるひとつでもある。校内で1番若い担任で、最初は女生徒たちもかっこいいと喜んでいたが、今では水原に話しかけようとする者はいない。そんな水原と生徒指導室という個室で会うということが、カケルにとって心労となっている。


「腹立たしいが、おいちゃんの存在が緩衝材となることを祈るか」


 カケルはようやく諦めると、扉に手をかけ「失礼します」と声をかける。





『ほぅあ! んどりゃあ! といやああっ!』


 進路指導室の机の上。そこには猫のおもちゃで遊ぶおいちゃんの姿があった。そのおもちゃは水原先生が握っている。何気に手首のスナップが巧みである。


「何やってんですか」


 カケルは扉を閉めると無意識に声に出ていた。イスに座っている水原はカケルを見るなりおもちゃを机に置く。置かれたおもちゃにおいちゃんがガジガジと噛みついていた。猫か。


「遅かったな。勝手に持って帰れ」

「は、はあ。すいませんでした」

「その精霊というやつに粗方事情は伺った」

「はあ!?」


 思わず声を大きくしてしまい、かけるは咳払いをすると怪訝な顔をする。


「信じたんですか。こんなエセファンタジーみたいな設定」

「信じるも信じないもどうでもいいからな。双子座の私には関係ない」


 突然口にした星座に、本当においちゃんが説明しているというのがわかった。乙女戦士は乙女座でしかなれない。


「大体の事情は把握した。今後のお前の仕事による遅刻欠席はある程度考慮してやる。ただし決して勉学を疎かにするな」

「あ、ありがとうございます」


 思ってもみなかった水原の発言に、戸惑いを隠せず感謝の一言しか出てこなかった。

 おもちゃに集中していたおいちゃんは、ここでやっとカケルの存在に気づく。ていっとおもちゃを投げ捨てカケルの側へと飛んでいく。


『カケルゥゥウウウ。なんやえらいはやかったんな。もうすこしおそなってもよかったけども。それとなあ、この水原っちゅうあにさんにキャットフードっちゅうんもらったんやけど、あれめっちゃウマイんな』

「猫かお前は」


 カケルはおいちゃんの脳天にチョップする。いつもより威力は弱めである。そしておいちゃんの首根っこを摘むと、水原に向けて礼と再度の謝罪をする。さっさと帰ろうと扉に手をかけたとき、水原がその背に呼びかける。


「おそらくその精霊は言っても聞かないタイプだろう。学校内に不要なものを持ち込むのは違反だから、もしその精霊が学校まで着いてきてしまったら私が預かろう」

「は、はあ。どうも」


 戸惑いしかないカケルは頭だけ下げて、今度こそ進路指導室を出て行った。


「先生、猫好きなのかな」

『ふあ? おいちゃんは猫とちゃうよ』


 クールを通り越して冷徹だと思っていた水原に、カケルは初めて親近感を覚えたのだった。


「いや、でもこれを可愛がろうとする人の気がしれないんだが」

『どういう意味やコラ。・・・・・・ん?』




 おいちゃんの雰囲気が変わる。耳と鼻をピクピクと忙しなく動かす。


『カケル。エビルのケハイや』

「どこでだ」

『ちょいとはなれとるなあ。よしっ、おいちゃんのパワーカイホーや』


 カケルに首根っこを掴まれたまま、おいちゃんは全身を使って「T」の字をとった。


『テレポート!!!』


 おいちゃんがそう唱えると、カケルの目の前の景色が変わる。

 先ほどまで進路指導室の前にいたのに、いつの間にか外へと景色が変わっていた。

 おいちゃんは自信たっぷりにふんぞり返る。


『どうや、カケル。おいちゃんにかかればテレポートも楽勝なんやで』

「おい・・・・・・それ使えるんなら昨日慌てて学校まで走る必要なかっただろ」

『あ、せやな!!』

「ってか急に使うなよ! せめて一言言え! 俺上靴のままなんだよ!」





「カケルくん!?」


 カケルの耳に聞き覚えのある声が聞こえた。振り返るとココロが慌ててこちらへと向かってくる。制服ではなく部活用のシャツとズボンだ。


「ココロ!? どうしてここに!」

「それはこっちの台詞だよ。ここ私の学校だよ」


 ココロはカケルの服を強めに引っ張る。


「それよりこっち来て!」


 カケルはココロを先導に、校内を移動する。途中で多くかの生徒とすれ違うため、めたもるふぉーぜ☆できず、速歩きでの移動である。生徒たちは逃げるのに必死で、他校であるカケルとすれ違っても何も言わなかった。


「校庭に急に化け物が現れたって聞いたの。それ聞いたときカケルくんのこと思い出して、もしかしたらエビルかもって」

「じゃあ何でココロは逃げなかった!?」

「確信がなかったから。もしエビルだとしたらカケルくんの力が必要だから、確認したらすぐに電話しようと思ったの。カケルくんがもう着いてるなんて思わなかったけど。大丈夫、エビルの姿が見えたら遠くで隠れてるよ。カケルくんの邪魔はしない」


 ココロはスマフォを握りしめて笑う。その顔は引きつっていて手も震えている。カケルはそれ以上何も言えなかった。おいちゃんがココロの横へと移動する。


『ココロのじょうちゃん。ちょい聞きたいんやけど』


 おいちゃんは少し口を閉ざしたが続けて言った。


『なんにん食われた?』


 その台詞にカケルもココロもゾッと青ざめる。カケルは多少の痛みを耐えて、少しスピードをあげた。ココロはこわばった表情で首を横に振る。


「わかんない。ただそのエビルは地中からゆっくり現れてるって。だから逃げてる人は多いかも」


 ココロが半ば願望に近い言葉を口にする。カケルの視界に校庭が見えた。




 校庭のど真ん中。そこから直径数mほどの青黒い沼が広がる。その中央に四つ足の豹のような獣がいる。赤い目玉が4つ、横に並んでいる。鋭い爪と牙が、鈍く光る。

 未だ沼に足をとられているようで、わずらわしげに足を上げ沼から出ようとしている。校庭にはもう人はいない。昨日とは違い、エビルがまだ臨戦態勢すらとれていない。状況を見るに、被害者は今のところいないようだ。


 カケルは念のため水飲み場の陰に身を隠す。ココロも同じ場所に隠れる。


 おいちゃんのめたもるふぉーぜ☆のかけ声で、カケルは乙女戦士(ヴァルゴファイター)へと変身する。

 髪は赤く、長いポニーテール。豊かな胸と女性の体格に、肩むきだしのミニスカドレスを身につける。装飾のリボンとフリルが揺れ、右手には腕時計が、両足にはロングブーツがある。



 カケルは立ち上がると、未だ沼から上がれないエビルに焦点を合わせる。


「おいちゃん、あの沼はなんだ?」

『あれがエビルを異世界におくるゲートや。ひとほうこうしか移動できんから、あのエビルが異世界にもどることはない』

「じゃあ、仮に踏んでも何かあるわけじゃないんだな?」

『ぬかるみに足つっこむようなもんや』


 カケルはそれを聞くなり、深く息を整える。ここからエビルまで距離はあるが、乙女戦士になったカケルにとっては問題ない。


 息を吸い、呼吸を止めた。

 そして地面を蹴る。


 エビルとの距離は一気に縮まった。



 しかし昨日とは確実に違う。

 ーー乙女による防壁(バリアー・バイ・ザ・メイデン)が発動しなかった。



 その違和感にカケルが気づいたときには、すでにエビルと激突する寸前だった。

 カケルは慌てて腕を交差する。そしてエビルに直撃すると、カケルの体は吹っ飛ばされた。

 地面を転げ痛みに顔を歪める。


「なん、で。昨日は、うまくい、たのに」


 カケルは痛みを耐えながら、体を起こした。そして息をのむ。

 吹っ飛ばされたのはカケルだけではない。





 エビルの体も吹っ飛び、沼から飛び出していた。役目を終えたように沼は溶けて消えていく。

 そしてゆっくり体勢を整えると、カケルの方を向き



『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA』



 牙を剥いた。

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