第5話 プライドを捨て去れ
カケルは思わず舌打ちをした。カケルのいる場所にエビルが現れたのは、初めてエビルと対面したとき以来だった。
今ここにおいちゃんはいない。すぐにここに来るか。それともトールを連れて来るのかは予想できない。そしてカケルにとってマズイことがある。
「う、うあ。あ、あっ」
カケルのそばで、カナデが恐怖の声を漏らしていた。問題はカナデがこの場にいるということである。もしここにおいちゃんが現れたとしても、カナデの前で変身するわけにはいかない。
カケルはカナデとエビルの間に移動するとエビルと対峙する。
「カナデ。逃げろ」
カケルの言葉に、背後にいるカナデは驚いて口を閉ざす。
「俺のことは気にせず走れ。いいな。俺が見えなくなっても気にするな。カナデの方が走れない俺より速いんだから」
その内容にカナデの表情が強ばる。カケルの言葉はつまり、カケルを放って逃げろと言っている。カナデは首を横に振った。
「だ、だだだダメ。カ、カケルさんは、どどどどうするの」
「だから俺も逃げるって」
「ででで、でも、足、カカ、カケルさん」
カナデはカケルの脚を見てどもる。カナデの歩くスピードにすら、カケルは追いつけていなかった。突如現れた化け物相手に、逃げられるとはカナデには思えなかった。否定をしようとするカナデだったが、それよりもカケルが目の前の動きに気づいた。
エビルがこちらに狙いを定めた。そして走り出す。大岩のような外見に反し、その動きは速い。それはまるで岩が崖を転がるかのようにも思えた。
カケルは思わずぞっとする。生身の人間の状態ではエビルは正しく化け物だった。
そしてカケル以上に、初めてエビルを見たカナデは恐ろしさに息を思考も止まる。
エビルの腕が振り上げられる。
次の瞬間。
エビルのすぐそばに、緑を身にまとう人影が出現する。
その人はエビルの振り上げた手に、平手を突き出した。
エビルの腕の岩肌が少しだけ砕け、そしてエビルの体が吹っ飛んだ。
カケルは目を見開いて現れた人を凝視する。
助けたのはあの謎の緑の乙女戦士だった。その顔には仮面が装着されている。
緑の乙女戦士は一瞬だけカケルに視線を向け、すぐに吹き飛んだエビルのもとへと走ってしまう。
『カケル!』
聞き慣れた声とともに、おいちゃんがカケルのそばへとやってきた。
『ギリギリセーフやったな。んじゃ、さっそく』
そうおいちゃんが言う瞬間、カケルは小さく首を横に振る。そこで初めておいちゃんが後ろにいるカナデの存在に気づく。おいちゃんの表情が険しくなった。
カナデは続々と現れる異様な存在に着いていけず、目を白黒していた。
『おい、どないするんコイツ』
「わかってるから。余計なこと言うな」
カケルとおいちゃんーーカナデの知らない不思議な生物。その会話の内容にカナデは疑問を抱く。しかし突如響いたエビルの咆哮に、その考えも吹っ飛んでしまう。
エビルは現れた緑の乙女戦士に攻撃を仕掛けていた。緑の乙女戦士はそれをギリギリ避けると平手で攻撃を仕返す。その攻撃はエビルの岩の表面を少しだけ砕いた。
(攻撃は確かに当たっている。でもエビルの硬度が高すぎる。戦闘が長引く可能性が高い)
カケルはそう考え振り返る。カナデがどうしようと不安そうにカケルを見ていた。
先ほどのように逃げろと言ったところで、素直に逃げてくれるはずはないだろう。きっとそれは見捨てるという選択肢と同じになってしまう。
カケルは思考を巡らせる。どうにか、カナデをここから離すために。
おいちゃんのテレポートは乙女戦士にしか使えない。だからカナデを安全な場所へと飛ばすことは不可能だ。
誰かを呼んできてもらう。その手を考えた。自分が走れないことを理由にカナデに人を呼んでもらおうと進言する。そしてカナデが離れた隙に乙女戦士へと変身してしまえばいい。
しかしそれは第3者を巻き込む可能性がある。そしてカナデが戻ってしまう危険もある。なにより、どもりを気にするカナデに頼むのは気が引けた。
(どうすればいい)
カケルは唇を噛んだ。
次の瞬間、激突するような音にカケルがそちらを向けば、緑の乙女戦士がエビルの体へと突進をかましていた。エビルの体が吹き飛んでいく。
それを呆然と見つめたカケルの腕を掴む手。カナデが真っ青な顔で歯をガタガタと鳴らしていた。しかしその手はしっかりと握られている。
「に、ににに、逃げ、逃げよ。はや、はやく」
どもりだけでなく、恐怖も相まって上手く話せていない。それでも、伝えようと必死な姿。それはカケルの胸を強く打つ。
「こ、こここで、カケルさん、おい、置いて、ったら。ぼぼぼぼ僕は、後悔す、る。自分が、嫌、にににに、なっる」
「カナデ・・・・・・」
「いや、嫌だ。ぼぼ、僕だけ逃げ、逃げれない」
カケルが言葉をなくす。
カナデを置いていくための選択肢が、見つからない。
吹き飛ばされたエビルが立ち上がる。そして、自分の体を丸めるように体勢を変えた。ゴツゴツした球体に近い形を取る。エビルは走るよりも速く、その体を転がした。
緑の乙女戦士に向かって突撃するエビル。それに立ち向かうため構える緑の乙女戦士。
彼女との距離が数mほど近づいたときだった。
エビルの体がダンッ、と地を叩く音とともに、その体は宙を飛んだ。エビルの手が地面を叩きつけたのだ。
そしてエビルは緑の戦士の頭上を飛び越える。
その先にいるのは、カケルとカナデだ。
緑の乙女戦士は慌てて走り出すが、エビルに追いつくスピードが彼女にはなかった。
カケルがチッと舌打ちをしてエビルをにらむ。
そのカケルの視界を、大きな、そしてひょろい背中が遮った。
「カナデ!?」
カケルが叫ぶ。
その背中の向こうでエビルが近づいているのがわかる。
「カカカ、カケ、カケルさん」
カナデの声がどもる。
「ぼ、ぼぼ、僕はーーーー」
話しかける言葉は、上手く形にならない。形になるまでの、時間がない。
エビルがカナデに向かっていく。
カケルは、ただ、一言。
「おいちゃん」
そばにいる精霊の名を呼んだ。
おいちゃんは、その意味を理解する。
カケルの体が光り出した。
驚いたのはカナデだ。突然背後からの光に振り返ろうとする。
しかし振り返るよりも速く、カナデの体が抱えられて浮いた。カナデの視界が変わる。
エビルは転がるのをやめた。
標的だったものが、進路方向から避けたからだ。
エビルは体を起こし、元々の形へと変えた。
エビルが顔を動かす。
その視線の先には、乙女戦士がいる。
カナデを両腕に抱えた、赤色の乙女戦士がそこにいる。




